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身体が、すうっ、と軽くなる。
がたっ。
木魚を叩きながら経文を唱えていたお坊さんがわずかに視線を動かし、苺の方を見た。膝が当たって、鈴などか載った台が、目立たないくらいに音を立てる。口は相変わらず、まるで異界の言葉をとなえるように動いている。よく、あんな難しいのをそらで読めるな、と、苺は妙に感心した。
読経が終わる。
「ありがとうございました」
軽く一礼し、道具のかたづけを始める。
うつむく間際、じっ、とこちらを見るお坊さんと、目が合う。
「……あの」
小さな声で話しかけようとしたとき、横から、苺、と名前を呼ばれた。
振り返る。
苺の母親が、心配そうな目で彼を見つめていた。
「今日は、早く部屋に戻って、やすみなさい。お粥、つくっておくから」
「……わかった。ありがとう、母さん」
お坊さんの方を見る。
彼は他のひとに話しかけられ、そちらに応対をしている。
立ち上がり、自室に向かう。
ドアを閉め、布団に寝転がった。
……そのとき。
『聴こえるか? 苺』
かすかな声が、脳裏に反響した。
あたりを見回す。
机のうえに置いていた、真白の写真が、風もないのにひらり、と、宙に舞う。
「もしかして……」
『そうだ』
声が少しだけわらい、言う。
目の前に、……やさしい表情をした、真白の姿があった。
『ごめんなあ。守れなくて、約束』
布団に座り、苺と相対する。
『でも、安心しろ。おれはずうっと、そばにいるからな』
伸ばされた、透明な手を、震える両の指で、きゅっ、とつかむ。
真白が、満面の笑みを浮かべた。
刹那。
苺の身体が、蒼い炎に包まれる。
「――!」
声にならない悲鳴をあげる彼を見、真白がけたけたと笑った。
その輪郭が、ぐにゃり、と歪む。
さっきの霊たちが、寄り集まって、ニセモノの真白の幻影を作り出していたのだった。
代表格らしき男が、前に進み出て、悶え苦しむ苺の顔を両手でつつんだ。
「君には、まえから目をつけていたのだ。君は、この世界なんかよりも、ふさわしい場所を、もっと別に持っているんだよ」
さあ、いまから、行こうじゃないか。
そこに行けばきっと、君の本物の想い人にも、絶対に会えるからねえ――。
酸欠にあえぎ、喉を押さえる苺の手の上から、そっと、首に両手をかける。
苺の顔が、恐怖と諦めにいろどられた。
「ましろ……たすけて……」
思わず出た言葉を、男が笑い飛ばす。
「苦しいのは今だけさ。彼もきっと、向こうで待ってるよ」
「……」
目を、閉じる。
意識を手放す間際、
「苺!!」
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