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がしゃん、がしゃっ、と椀の落ちる音がした。
「……?」
ぼんやりと、目を開ける。
霊たちが散り散りに吹き飛び、遅れて、苺の身体を焼いていた炎が、ふっ、と消えた。
「お母さん! あぶない、さがって」
「苺! なにしてるの、あんた」
お坊さんの制止を振り切り、母親が駆け寄ってくる。
「なんで、燃えてたの? あんた、まさか……」
「違います。落ち着いてください、お母さん」
お坊さんが、呆然として座っている苺のすぐそばに歩み寄り、説明する。
「今のは、騒霊現象――俗に言う、ポルターガイストによる発火です」
「は、……はあ?」
「自殺を図ったわけではありません。霊に、連れて行かれそうになっていたんですよ」
「嘘……」
おびえたような目をして、一歩うしろに下がる。
「前から、話は聞いていたけれど。そんなことって……」
首を、ぶんぶんと横に振る。
「苺。死なないで、おねがい」
まだ熱の残る手を取り、哀願する。
「親友が亡くなってしまって、ショックなのはわかるけれど。確かに、どうしようもないなんちゃって不良だけど、それでも、私の大切な息子よ。いなくなられたら、私……」
「……どうしようもない、のくだり、要るか?」
苺がようやっと、ガラガラになった声を発する。
お坊さんがひとつ、咳払いをした。
「ひとつ、提案させていただきたいのですが」
部屋を見回す。
霊たちが、彼の視線に押されるように、一歩、壁際に下がった。
「落合苺さん。貴方の周囲から、霊的現象を一掃することができるのですが」
「……どういうことですか」
静かに、苺がたずねる。
言葉が不十分でしたな、と、お坊さんが人差し指を立て、ぐるりと部屋全体に向けて、回した。
「わたしがいまから、貴方の体内にある霊的エネルギーを、すべて取り出します。それが、霊共を引きつける要因となっているからです。それがすべて除去できれば、貴方は今後一切、霊を目にすることはなくなるし、知覚することも一生、なくなります」
「……」
苺は黙っている。
「受けさせてもらったら? 苺」
母親が、ちいさな声で言った。
「費用などはかかりません。これは完全に、わたしの独善から提案させていただいています」
お坊さんが、部屋の隅をにらみつける。
「わたしも昔、そうでした。生命を、幾度も奪われかけた。寺に逃げ込んだから、いまはこうして対処ができているが、なかなか簡単な選択肢じゃない」
だからこうして、時折、チェックしているのです。
魅入られた者が、いないか。
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