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◇
「……それでも」
伊志嶺さんが、歯を噛みしめる。
「わたしは、まだ、信じてはいないぞ。彼がほんとうに、君に危害を加えることがないと」
「それでも、かまいませんよ」
自分でした選択の責任は、自分で取ります。
伊志嶺さんは、もっと、救いようのあるやつを救ってやってください。
さみしそうに、目を垂れさせる。
「オレはもう、こいつのものだから」
『おじさん。心配いらないよ』
真白が急に、声を発した。
伊志嶺さんが、携えていた数珠を、じゃらっ、と鳴らす。
「本当にか? 悪霊だと判断したら、即座に祓いに来るからな」
『そんなことはないと思うけどね。僕はそもそも、苺を守るために、ここに戻ってきたんだから』
くす、と笑う。
『まあ、仮になにかの間違いでそうなったとしても、僕、きっと負けないよ。肉体がなくなったからかな、エネルギーが満ちあふれてるんだ』
惜しむらくは。
苺の腰に、そっと手を回す。
『好きなひとと、直接、蜜月に触れ合えないことくらいかな』
母親が横で、あらまあ、と声をあげる。手で押さえた両の頬が、ほんのり赤くなっている。
「あんた、そんなひとがいるのなら、早めに言いなさいよお。隅におけないわね」
お坊さんが、ぎょっとした顔で、彼女に問いかけた。
「え。……お母さん、見えているのですか」
「ええ」
きょとんとして、うなずく。
「びっくりしたわあ。さっきまで、まったく見えなかったけれど。この真白くんだけは、なぜか、見えるのよ。ほんとに、いるのねえ」
「……」
沈黙する。男らしい眉が、いぶかしげに寄せられている。
「そこまで、想いが強いということか……? いや、しかし……」
そんなひとりごとを遮るように、
『だけれど』
きっぱりと、告げる。
『ほかの霊どもと、たとえあんたのなかでは一緒くたにされようとも僕は、……僕だけは、苺のための、苺のためだけの、ポルターガイストであり続ける。どんなに凹んだ夜でも、さみしい朝でも、励ますために、ずっと、そばに居続けてやるから。たとえ、あんたと戦う羽目になってもね』
覚悟しなよね。僕こう見えて、生前は無敵の人って呼ばれてたから――。
そう言って、にかり、と笑う。
その人なつこい笑みは、確かに、――生前の真白と、おんなじものだった。
「……ね、伊志嶺さん」
苺が、じっ、と彼を見つめる。
「オレは、本気です。そして、真白も」
どうか、信じてはくれませんか。
ぺこりと頭を下げる。
真白も、寸分たがわぬタイミングで深く、礼をした。
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