2人が本棚に入れています
本棚に追加
線香の香りが、ふわり、と、周囲の空気を辛気臭く染めている。
「なあ。……嘘じゃねえか」
親友の遺影をじっと見つめながら、落合苺は、ぽつりとそうつぶやいた。
『絶対守ってやるから』
儚げな声がさっきから、脳内にずっと、リフレインしている。
「嘘じゃねえか……」
洟をすすりあげる。頭の奥がきいん、として、するどく痛む。頭が、いやに重かった。
そこに、――いつもの、あの、背筋が寒くなる感覚。
(あ。……来る)
そう。
奴らはいつも、ひとの悲しみにつけ込んでくる。
ぶるり、と身体が知らず、ひとりでに震える。肩が、異様なまでに凝るのを感じる。
(いけねえ。気を、強く持たないと、――憑かれちまう)
いままで、ほとんど誰にも信じてもらえなかったが、落合苺は、……霊媒体質だった。
物心ついたときから、近くに霊が寄ってくる。
身体の中に、入ろうとしてくる。
意識を、乗っ取ろうとしてくる。
日常的に、悪戯をしかけてくる。
そんな体質を持って生まれたことで、『自分のことを霊媒体質と主張する、ヘンな奴』だと周りからは見られてしまい、いつしか自然と、敬遠されるのがデフォルトになっていた。
ぶるぶる、と首を振る。葬式中なので、周囲のひと達は顔を上げなかった。お坊さんの読経が、延々と続いている。
(お坊さんもたぶんきっと、気づいてるんだろうな。オレが、霊を引き寄せちまってること)
最初に、この会場に足を踏み入れたときのことを、想起する。
表情をまったく変えずに、訥々と他のひと達に挨拶をしていたお坊さんの顔が、……苺を視界に入れた瞬間に、さあっ、と色を変えたのを、彼ははっきりと覚えていた。
(専門職の方だから、何か声をかけてくるかとも思って身構えてたけど、特に何もなかったな)
少し肩透かしというか、なんというか――本人には決して言えないが、正直な感想としては、それがいちばん大きかった。
苺は周囲の誰も目をつぶっているのを良いことに、お坊さんをじっと観察する。
彼は何も気にする様子もなく、相変わらず、よく分からない発音ばかりのお経をあげている。
その近くを霊が二、三匹、手持ち無沙汰そうにうろうろと漂っている。よく見ると、さっきから首元に息を吹きかけている奴もいる。何悪戯してんだよ。
(さすが本職。まったく動じないな)
感心していると、お坊さんが振り返った。
順番に来るように、と言われる。
灰をつまむやつだ、と、苺は思った。
(……じいちゃんのときも、そうだった)
最初のコメントを投稿しよう!