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「なんのつもりだ!? 危ないだろう!!」
馬車が止まると同時に、白馬の手綱を握っていた運転手が大きな声を上げた。
その声は乗客席にも届き、アンジェリカとクラウスは顔を見合わせる。
ただ事ではないと感じた二人は、馬車を降りて、外の様子を見に行くことにした。
クラウスが先に馬車を降り、アンジェリカがその後に続く。
「どうか、話をお聞きください!」
二人が歩き始めると、すぐそばから大きな声がした。
甘えるような高音は、アンジェリカもクラウスも聞き覚えがある。
特にアンジェリカの方は、すぐにある人物が頭に浮かんだ。
そして馬車の前方が見えるところまで行くと、一気に記憶と答えが繋がる。
騒ぎを聞きつけた野次馬が集まる街中、馬車の目の前には、煉瓦の地面に土下座した三人の姿があった。
そのうちの一人――真ん中にいた彼女が、アンジェリカの気配を感じ、頭を上げる。
「あ……あ……アンジェリカお姉様……!」
派手な化粧をした彼女は、アンジェリカを見るなり、神に遭遇したかのような顔をした。
そして急いで立ち上がると、低い姿勢のまま必死にアンジェリカに駆け寄った。
その勢いのまま、アンジェリカの前に崩れ落ちるように膝をつくと、縋るような目で見上げる。
異様に赤いアイシャドウと口紅に、濃いコーラルのチーク。膝が出るほど短いショッキングピンクのドレスに、乱雑に結われた金色の髪。
貴族でもなければ、町娘でもない。その姿は、かつて、アンジェリカが妹にさせられた格好に極似していた。
「私です、ミレイユです、変わり果てた姿で驚かれたことでしょう……あれから私は、娼館に身売りするしかなく、地獄のような日々を送っているのです」
過剰にマスカラを塗ってあるのか、妙にバサバサになったまつ毛に囲まれた瞳。
エメラルドのようだったそれには、もう、以前の光は見られなかった。
アンジェリカが黙っていると、ミレイユに続いて、他の二人も駆け寄ってくる。
「その通りなのだよ、アンジェリカ……! ミレイユが身を粉にして働いても、私たちの取り分は少なく、食べていくのもやっとなんだ……こんな暮らし、高貴な我らにとって、耐えられるはずがない……、アンジェリカもそう思うだろう?」
ユリウスもミレイユと同じように、アンジェリカの足元に平伏し、涙ながらに訴える。
夫妻ともに、切りっぱなしの布のような、見窄らしい服装をしていた。
「ああ、アンジェリカ、私たちの可愛い娘……! どうか助けておくれ、私たちは家族でしょう……!?」
アマンダが手指を組み合わせ、祈るようにアンジェリカを仰いで言う。
ついに首が回らなくなった三人は、最後の頼みの綱である、アンジェリカに助けを求めに来たのだ。
直接屋敷に行っても入れてもらえないため、ブリオットの馬車をよく見かける、この街の道端で待ち構えていた。
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