6、決別と本物の愛

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「なんのつもりだ!? 危ないだろう!!」  馬車が止まると同時に、白馬の手綱を握っていた運転手が大きな声を上げた。  その声は乗客席にも届き、アンジェリカとクラウスは顔を見合わせる。  ただ事ではないと感じた二人は、馬車を降りて、外の様子を見に行くことにした。  クラウスが先に馬車を降り、アンジェリカがその後に続く。 「どうか、話をお聞きください!」  二人が歩き始めると、すぐそばから大きな声がした。  甘えるような高音は、アンジェリカもクラウスも聞き覚えがある。  特にアンジェリカの方は、すぐにある人物が頭に浮かんだ。  そして馬車の前方が見えるところまで行くと、一気に記憶と答えが繋がる。  騒ぎを聞きつけた野次馬が集まる街中、馬車の目の前には、煉瓦の地面に土下座した三人の姿があった。  そのうちの一人――真ん中にいた彼女が、アンジェリカの気配を感じ、頭を上げる。 「あ……あ……アンジェリカお姉様……!」  派手な化粧をした彼女は、アンジェリカを見るなり、神に遭遇したかのような顔をした。  そして急いで立ち上がると、低い姿勢のまま必死にアンジェリカに駆け寄った。  その勢いのまま、アンジェリカの前に崩れ落ちるように膝をつくと、縋るような目で見上げる。  異様に赤いアイシャドウと口紅に、濃いコーラルのチーク。膝が出るほど短いショッキングピンクのドレスに、乱雑に結われた金色の髪。  貴族でもなければ、町娘でもない。その姿は、かつて、アンジェリカが妹にさせられた格好に極似していた。 「私です、ミレイユです、変わり果てた姿で驚かれたことでしょう……あれから私は、娼館に身売りするしかなく、地獄のような日々を送っているのです」  過剰にマスカラを塗ってあるのか、妙にバサバサになったまつ毛に囲まれた瞳。  エメラルドのようだったそれには、もう、以前の光は見られなかった。  アンジェリカが黙っていると、ミレイユに続いて、他の二人も駆け寄ってくる。 「その通りなのだよ、アンジェリカ……! ミレイユが身を粉にして働いても、私たちの取り分は少なく、食べていくのもやっとなんだ……こんな暮らし、高貴な我らにとって、耐えられるはずがない……、アンジェリカもそう思うだろう?」  ユリウスもミレイユと同じように、アンジェリカの足元に平伏し、涙ながらに訴える。  夫妻ともに、切りっぱなしの布のような、見窄らしい服装をしていた。 「ああ、アンジェリカ、私たちの可愛い娘……! どうか助けておくれ、私たちは家族でしょう……!?」  アマンダが手指を組み合わせ、祈るようにアンジェリカを仰いで言う。  ついに首が回らなくなった三人は、最後の頼みの綱である、アンジェリカに助けを求めに来たのだ。  直接屋敷に行っても入れてもらえないため、ブリオットの馬車をよく見かける、この街の道端で待ち構えていた。
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