一章

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「お兄さまは21になるのでしょう? もう縁談の話が来ているはずです。いい加減、私にかまうのはおやめください」 「ああ、知っているのか? でもな、お前よりいい女がいないんだよ」  光汰が月夜のことを妹として見なくなっていることに、この年齢(とし)になればさすがに理解できるようになった。  そのことが気持ち悪くて、月夜は光汰となるべく顔を合わせない。  それ以上に怖かった。  兄が兄でなくなっていくのが、とてつもなく恐ろしく感じた。 「早く行ってください。私と一緒にいるところをお母さまに見られたら怒られます」  光汰は呆れ顔でため息をつく。 「じゃあ、また来るからな」  そう言って、光汰は名残惜しそうに月夜の部屋を出ていった。  月夜はしばらく両手をぎゅっと握りしめて硬直していたが、やがて光汰の足音がなくなると、緊張の糸が切れたように布団の上にうつ伏した。 「お兄さま、もう来なくていいのに」  いずれ光汰はこの家に嫁を迎えるだろう。そのとき、月夜は一体どうすればいいのだろうか。  出ていきたくとも両親は決して月夜を外には出さないだろう。  光汰は嫁がいながらこうして月夜に会いに来るだろうし、そのことを考えると憂鬱になる。 「どうしたらいいの? からすさん」  月夜は誰もいない部屋の中でひとり見知らぬ者に訴えるように呟いた。
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