序章

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 窓がないので外の様子はわからないが、手足が冷えるので雪でも降っているのだろう。  火鉢に手をかざしながら、両手をこすり合わせる。  蝋燭の照明が月夜の狭い部屋の中をわずかに照らす。 「雪が見たいなあ」  真っ白でふわふわの雪を、いつか兄と庭で雪を投げながら遊んだ幼い日のことを、月夜は思い出していた。  いつ、ここから出られるのかわからない今となっては、自由に雪を見ることはできない。  去年は一度も外へ出してもらえなかった。  今年は雪を見る機会があるだろうか。 「桜の花も、見たいなあ」  それはあまりに贅沢な願いだ。桜は一瞬で散ってしまう。最後に桜を見たのは遠い昔のことである。それも夜の桜だ。  ひらひらと舞う純白の花がじわりと淡紅色に染まり、やがて世闇に散っていく。月夜はそんな景色を想像して心の中で楽しんだ。  明治41年1月。  17歳の誕生日を迎えるこの年、月夜の運命は大きく変わることになる。
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