一章

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 それからの月夜はあきらめることを覚えて過ごした。何も期待せず、心を殺してひっそりと生きていくのだ。  それでも両親は月夜をたまに利用した。  使用人の手が足りないとき、月夜は納屋で食材の準備や洗濯をさせられるのだ。それが唯一、部屋から出て両親と顔を合わせるときだった。  家族から存在を消された月夜は、当然教育を受ける機会などなかった。  同じ年頃の娘は女学校に通っていた。姉も通わせてもらっているのを知っていた。  そんな月夜が書物を読み、字が書けるようになったのは祖母の香月(かづき)によるものだ。  香月は敷地内の離れに暮らしており、月に一度か二度、月夜に会いに部屋を訪れた。  香月がやって来るときは使用人たちが大勢まわりを囲んでおり、騒々しくなる。   それを母はいやがっていた。  香月は月夜に書物を与え、字を練習するように命じた。おかげで月夜は〈からす〉からの手紙を読み、返事を書くことができるので、そのことにはとても感謝している。  月夜に優しく接してくれた人物がもうひとりいた。  兄の光汰である。  光汰は時折、両親に内緒でこっそりとめずらしい菓子を持って月夜の部屋を訪れた。  幼少の頃は月夜もそれをうれしく思っていたが、14歳を過ぎた頃からだんだん兄の態度がおかしくなってきたことに気づいた。
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