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おれは角谷才二にあこがれて、大学在籍時には、小説を何本も書き、友人たちと同人誌をつくったり、小説の賞にも応募したりもした。
おれの小説が、賞を獲得することはなかった。
優秀賞どころか、入賞することもなかった。
おれには、小説を書く才能がないのだなと打ちのめされ、大学を卒業するとどうじに、筆をとらなくなった。
大学を卒業して8年。仕事にはなれた。恋人はいない。
これから、おれはどうなっていくのだろう。
ふと、いいようのない寂寥感におおわれた。
おれは思考に集中しすぎていたようだ。
いつも人がとおるたびに、吼えかかる猛犬の存在をわすれていた。
「がうがうがう」と大声だけでなく、白いヨダレすらを飛ばし、小動物をしとめかねない勢いで鉄製の扉に襲いかかり、通行人に吼えかかるグレートデン。
おれは、猛犬の吼え声に驚かされた。
おれは、「ひっ」と声をあげ、ぴョんと1メートルほど横に飛び逃げた。
おれが扉に飛びついている猛犬の凶暴な顔に驚き凝視していると、トラックの大きなクラクションの音が鼓膜をゆるがせた。
おれが、首をひねり左をむく。
三つのひし形のマークが見えた、と同時に体全体に巨大な衝撃を感じた。
そして、おれは天使の羽がはえたように、空を舞った。
左手にもっていた鞄。そのなかから携帯電話や筆記用具、定期なども空を舞っているのが見える。
アスファルトの地面が、空を飛んでいるおれにせりあがってくるように見えた。
おれは、地面にしたたかに叩きつけられ、左ひじからと右ひざはありえない方向に曲がり、首あたりからは、けっして聴こえてはいけない不吉な音が響きわたった。
おれの視界は、赤いインクをたらされたように、徐々に見えなくなっていく。
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