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川沿いの道は、ひろびろとしており、爽やかな風がふいており歩いていても汗をかかず心地よい。
なによりも見晴らしがよいので、危険がせまったとしてもすぐに気づくだろう。
建設中の50階建ての高層ビルが見えた。
赤いクレーンタワーが、たくさんの鉄骨を慎重に運びあげている。
あの高層ビルが完成し、住むことができたならば、このあたりで開催される花火大会をゆっくりと眺められるだろうな。
暮らしには余裕がある、貯金もある、手にとどきそうな値段であれば購入してもよいな。
彼は、そんな愉しい未来を想像しながら、川沿いの道を歩いていた。
時間はすこしさかのぼる。
高層ビルからすこし離れた位置に住む50代の男が、日本刀を手入れしていた。
今朝、だいじな一人娘をはらませた男が家に挨拶することになっているのだ。
男は、娘をはらませた男を斬り殺すつもりである。
軽薄な音をたてながらスポーツカーがやってきた。そして男の家のまえに停まった。
日本刀を左手にもった男は、カーテンのすきまから家のまえを眺める。
娘をはらませた男がいた。
日本刀を鞘からひきぬき、草履をはき、刃をきらめかせながら玄関から弾丸のように飛びでた男。
日本刀を上段にかまえ、気合い一閃、ちゃらついた金髪の男を袈裟懸けに切り殺そうと大声をあげた男の足元には、飼い犬の粘着質なウンチがほったらかしになっていた。
そのウンチを左足で踏みぬいてしまった男は、みごとにひっくり返る。
ひっくり返った衝撃で、男は磨きあげられた日本刀を投げるように手放した。
宇宙ヒーローの頭のかざりのように円を描きながら飛んでいく日本刀。
その日本刀は、ちかくを走っていた電気自動車のフロントガラスをやすやすと突きぬけ、運転していたお爺さんの左手にぐさりと刺さり、血圧をさげる薬を飲んでいるお爺さんの血をふきあがらせた。
お爺さんは痛みで「ぎゃーッ」と叫んだ。
助手席のお婆さんは、意味もわからず「きゃーッ」と金切り声をあげる。
お爺さんは痛みから、アクセルをおもいっきり踏みこんだ。
急加速し、凶暴な弾丸とかした電気自動車は、老若男女、バイク、自転車、見境なく跳ねとばしながら、アスファルトの道を疾駆する。
屈強な料理人であれば、暴走する車をとめられるだろう。けれども、屈強な料理人はあらわれず。
車をうけとめたのは、建設中の高層ビルの土台だった。
1トンちかい電気自動車が、猛スピードで高層ビルの土台につっこんだのだ、その衝撃たるや。
下部から上部へ衝撃がつたわるにつれ、揺れは増幅された。
タワークレーンを操作した男は、おそろしい揺れをかんじあわててレバーにしがみついた。
急にうごかされたレバーの動きを認識したタワークレーンは、長いアームを剛速球を投げるメジャーリーガーの腕のごとくしならせ鉄骨を円盤なげ選手のように空へと放りなげた。
3本の巨大な鉄骨は、槍となり彼のもとへと飛んでいく。
おれは、見たことのない光景をいま見ている。
ちいさいと思われた点が、どんどんと大きくなり、おれのもとへと近づいてきている。
その点は、巨大な鉄骨だと気づいたのは1秒前だ。
おれは逃げることも、避けることも、しゃがくもとも、叫ぶこともできなかった。
黄色い液体だけは、ジョバとたらすことができた。
痛いと一瞬かんじた。そして、トマトやカボチャを地面に叩きつけたような音が聴こえた。
そして、意識はとぎれた。
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