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彼がトラックにあおられている地点から、前方1キロメートルほど先に歩道橋がある。
その歩道橋のうえには、貴重な電車の写真を撮影しようと高価な一眼レフカメラをもった撮影者たちが五十人ほど集まっていた。
彼らは、三脚をたて、撮影対象である電車がくるのをいまか、いまかと待ちかまえている。
撮影者のひとりが、あおっているトラックのクラクションの音に気がついた。
トラックの音に気づいたひとりが、トラックのほうをふりむくとどうじに、左ひじが隣の三脚にあたり歩道橋から一眼カメラが落ちそうになる。
あわてて一眼カメラを拾おうとする人が、さらに横に立ててあった三脚を蹴りあげた。
ドミノのように、一眼カメラと三脚が歩道橋から車道へと落ちる。
さらには、一眼カメラを拾おうとした人までもが、歩道橋から落ちだした。
彼のまえを走っていた鉄骨をつんだトラックの運転手は、歩道橋から人が落ちてきたのを見た瞬間、右側にハンドルをきった。
鉄骨をつんだトラックは、反対車線に飛びだし、さらに歩道に植えられたイチョウをなぎたおし、そのむこう側の鉄の柵をふみたおし、さらに雄々しく暴走をつづける。
暴走をつづけたトラックは、球形ガスホルダーの足に盛大にぶつかった。
ぐらりと緑色の球体がゆれる。そのとき神のいたずらか、突風がふいた。
球体のゆれは大きくなり、ついには、ゴロリと転がりだした。
おれは、前を走るトラックが、ハンドルを右に切り反対車線に飛びこんでいく姿を見た。
歩道橋から人の影が落ちている。
おれは、あわててブレーキをふんだ。
おれの後ろを走っていたトラックは、安全にとまれる車間距離をとっていない。
おれの軽自動車は、トラックにつきとばされた。
コマのようにくるくると回転しながら歩道橋のうえから落ちた人とカメラ、脚立を跳ねとばすおれの軽自動車。
頭にきたっ。さすがに文句をいってやるぞ、慰謝料と治療費を請求してやる。
おれは、軽自動車の扉をひらこうとレバーに手をかけた。
おれの視界が、暗くなった。雲でもかかったのかと上空を見上げると、緑色の鉄の壁が近づいてきているのが見えた。
おれと軽自動車は、孫悟空を封印するように、ありえない圧力で地面に押しつけられ、関節や骨が、強制的にちぢめられる硬質的な音を聴きながら、口から赤い血をがはッと吐き、息ができなくなり意識がなくなった。
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