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何がなんだか、さっぱりわからなかった。
僕達は仲良しだったはずだ。僕が風邪をひいたら、お母さんよりお父さんよりも一生懸命看病してくれた兄さん。いじめっ子にいじめられていたら誰より庇ってくれた兄さん。小学校の時、勉強がわからなくて困っていたら助けてくれたのも兄さんだ。かけっこの練習、逆上がりの練習、みんな付き合ってくれた。そんな優しい兄さんが、何でここまで変わってしまったのだろう?
兄さんに宣戦布告して、何がなんでも勝って認めさせてやる。そう決めていたはずなのに、あそこまで憎悪を向けられてしまってはさすがに心が折れてしまった。
三度目の、試験失敗。
留年を学園側から通達されたその日、僕は礼拝堂で、女神様の像を前に涙をこぼしたのである。
「兄さんは、僕が嫌いなんだ。どうして?僕は、兄さんが大好きなのに……。女神様、あなたは、その理由を知ってるんですか?僕は、兄さんに何をしてしまったんですか?どうすれば、仲直りできるんですか……?」
兄さんが卑怯な妨害をしたことに、誰も気づかなかった。
結局彼は賢者に選ばれ、僕は留年と同時に学園を去ることが決まってしまったのである。
兄さんが天使になる儀式を行うのは、三月のこと。
一人部屋で閉じこもることが増えた僕の部屋を兄さんが訪れて、こう言ったのだった。
「よう負け犬。……お前、なんで俺がお前を憎んでるのか、天使の仕事がどういうものなのか知りたがってたよなあ?」
「……うん」
「天使ってのは、天国に行って神様に仕える仕事だ。天国にどうやって行くのか知ってるか?」
「……ううん」
「なら、三月九日、儀式の部屋にこっそり隠れていろ。……それで、全てを見ていればいい」
負け犬。僕をそう呼ぶわりに、その日の兄さんの声は優しかった。まるで、幼い頃に戻ったかのように。
賢者が天使に生まれ変わる儀式は、誰も見てはいけないことになっている。先生たちも、どんな方法なのか知らないと言っていた。ただ、儀式の間で魔法陣を書いて、賢者が一人でお祈りをしていると女神様が扉の向こうから現れて、天使に生まれ変わらせてくれるらしいというだけである。
きっと、兄さんが豹変した理由がそれでわかるはずだ。僕は覚悟を決めて、柱の陰に隠れて儀式を見守ることにしたのだった。
「――……。――――……」
兄さんが、魔方陣の前でお祈りを呟く。
すると、魔方陣の前に設置された大扉が、音を立てて開いていくのが見えた。姿を現したのは、大きな翼と長い金髪、青い瞳を持つ、美しい女神様だ。そう、僕達が日頃お祈りをしているのと、同じ姿である。
『人の子よ』
白いドレスのような服を揺らしながら、女神様が言う。
『選ばれし者よ。そなたの名は?』
「セイカ・ルイメイズです」
『賢者の名、しかと賜った。……なんと魔力に満ち溢れた、素晴らしい魂でしょう。このたびは、わたくしも満足できそうです。これで当面……狩りをせずにすみましょう』
「……はい」
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