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生意気なこの娼婦には、言いたいことがたくさんあったはずだ。が、すっかり全部忘れてしまった。
「……せめて、名前で呼んでくれ」
「分かったわ、ギュンター」
「……っ」
美貌の女性に気安くファーストネームで呼ばれて、ギュンターの背筋にはゾクゾクと電流のような何かが流れた。それが「喜び」なのだと気づいたときには、抱き締められていた。
「ふっ、ん……!」
「ふふっ。あなたの唇、厚いのね。男らしくて素敵……」
啄むような、くすぐったい口づけののち、舌同士を絡め合う。女の舌と唾液の美味に夢中になっているうちに、ギュンターの性器は再び熱く、張り詰めていった。
頃合いとばかりに、フロレンツィアは下着を脱いだ。
「……!」
豊かな乳房、くびれたウエスト。肌は白く、光り輝いている。
ギュンターは息を飲み、その目はフロレンツィアに釘づけになった。
一糸まとわぬ彼女は、完璧な美、そのものだ。世界中の芸術家たちを集めたって、女神のようなその姿は、絵画にも彫像にも再現できないだろう。
男からの称賛には慣れっことばかりにフロレンツィアは薄く笑うと、ギュンターを寝そべらせた。胴を跨ぎ、後ろ手で隆起したペニスを掴む。
「今日はこのままで致しますが、奥様を娶るまでは必ず避妊なさってくださいね。いらぬ面倒を呼び込まないために。あなた自身と、そしておうちのために、絶対ですよ」
急に教師のような口調で諭すのがおかしい。だがそれを笑う余裕は、ギュンターにはなかった。
――そんなことはいいから、早く、早く……!
自分はすっかり理性を失いかけているのに、自分の上に君臨する女はどこまでも冷静で、それだけが悔しかった。
「あ、あ……! フロ……!」
「フロレンツィアよ、ギュンター。私の名は、フロレンツィア」
「フロレンツィア……!」
わずかな恐れと、それ以上の期待で、ギュンターの茶色の瞳は揺れる。
フロレンツィアは微笑むと、ゆっくり腰を下ろしていった。
「いい子ね、ギュンター」
「……っ!」
初めて侵入する女の内側は熱く、溶けてしまいそうだ。
自分を柔らかく迎え入れてくれた肉壁は、フロレンツィアが腰をくねらすたび、きゅうきゅうとリズミカルに締めつけてくる。
「あっ、ああっ! くっ……!」
つい声が漏れてしまう。唇を噛んで耐えるギュンターの耳元に、フロレンツィアは囁いた。
「声、出していいのよ。我慢しないで」
「い、やだ……! 男のくせ、に……!」
「ううん。素直になってくれたほうが嬉しい。私は素直な子が、好きなの……」
「……っ」
――もう恥ずかしいところは、散々見せてしまったし。
開き直ったギュンターは、フロレンツィアの言葉に甘えて喘いだ。
「あっ、ああっ、気持ちい……! 気持ちいい、フロレンツィア……!」
「ふふ、とっても可愛いわ、ギュンター」
――可愛いなんて、初めて言われた。
女のように声を出し、身を捩るたび、心が軽くなっていく気がする。
フロレンツィアは緩やかな腰の動きを止めず、ギュンターに覆い被さりながら、口づけを与えた。男の舌を吸い出し、甘く噛む。
「ふ、ふぁ、ん……! フロ、レンツィアあ……っ!」
「あら……」
上と下で深く繋がる感覚に感じ入り過ぎたのか、フロレンツィアの器の中で、ギュンターの陰茎のこわばりは解けてしまった。
「うそだ……こんな……!」
解放の悦びに打ち震えながら、ギュンターは愕然としていた。
――こんなにも辛抱することができないなんて。
自分は早漏というやつなのか。青年の嘆きを敏感に感じ取り、フロレンツィアは首を横に振った。
「私にかかれば、みんなこんなものよ。売れっ子の名はダテじゃないの」
励ますためか、おどけた口調でそう言うと、フロレンツィアは結合を解き、ギュンターの隣に寝転んだ。
「それに私は、長くもてばいいとは思わないわ。疲れるだけよ」
「……じゃあ、どうしたらいい? あなたが男に求めるのは、どんなことなんだ?」
ギュンターは横に来たフロレンツィアに身を寄せ、胸に顔を埋めた。
本当なら体勢が逆だろう。ギュンターだって、ベッドを共にした相手を抱き締めるのは、男の役目だと思っていた。
だが今は、無性に彼女に甘えたい……。
「そうねえ……。たくさんあるから、聞かないほうがいいと思うわ。かえって迷っちゃうでしょ」
「たくさんあるのか……」
「ふふ。相手が何を欲しがっているのかひとつひとつ暴くのも、セックスの楽しみですわよ、ギュンター様」
「……あなたに様づけされるのは、嫌だ」
駄々をこねるようにまとわりついてきたギュンターの頭を、フロレンツィアは慣れた手つきで抱え込んだ。
ギュンターの目の前には、さっきまで自分の上で揺れていた、魅惑的な膨らみがある。――本当はずっと触れたくて仕方がなかった。柔らかなそのさわり心地を確かめるように揉みしだき、頂点に口づける。ちゅうちゅうと音を立てて吸うと、固くなった頂きに舌を巻きつける。
フロレンツィアは嫌がることなく、ギュンターのしたいようにさせてくれた。
「いけない赤ちゃんね……」
声が、わずかに掠れている。感じてくれているのだろうか。
もう二回射精しているから、肉欲には一区切りついている。
今度は、フロレンツィアが淫らに溺れるところが見たい。自分の手で、彼女を絶頂に導いてみたい。
手入れの行き届いたつるつるした娼婦の股間に、恐る恐る触れると、ぬかるみに行き当たった。たどたどしく周囲を探りながら、自分を飲み込んだ入り口を探す。薄い花弁を開き、ようやく目的の窪みに辿り着くと、指を挿し入れた。
「あん……」
「……!」
フロレンツィアが漏らした艶がかった息遣いを聞いて、ギュンターはたまらない気持ちになった。
「さすが、デマンティウス家の次期ご当主。覚えが早いのね……」
三度(みたび)頭をもたげ始めたペニスに、フロレンツィアも指を絡め、撫でる。互いの性器をさわり合っているうちに、ギュンターはまた吐精したくなってきた。
「今度はあなたが動いてみる?」
「あ、ああ!」
魅惑的な誘いに、ギュンターは一も二もなく頷いた。
美しい女を組み伏せ、普段だったら絶対に拝めないようないやらしいところを眺め回し、自身を埋め込む。
そこまでで、ギュンターは妙な達成感を覚えていた。
越えなければならないハードルをようやく越えたような、そんな心持ちである。
「そう、そのまま……」
リードされたその先に、ギュンター進んだ。
ほんのわずか力を入れただけで、フロレンツィアは男の剛直を受け入れてくれた。
彼女の膣は雄を簡単に飲んでしまうくせに、入れたら最後、なかなか離してくれず。ペニスを囲うその壁は、別の生き物のようにうぞうぞと動くのだ。――これでは、ひとたまりもない。
「いいのよ、イキたいときにイッて?」
思う存分精液をぶち撒けたい欲望と必死に戦いながら、ギュンターは首を振った。
「あ、あなたも……気持ちいい、か……?」
それだけが、気がかりだった。
「………………」
フロレンツィアは一瞬だけ真顔に戻り、ギュンターを見上げた。
「ええ、とっても……。上手よ、ギュンター」
それが本心からの答えかどうかは、経験の乏しいギュンターには判断がつかない。それでもホッと安堵する。
フロレンツィアはそんな青年の顔を抱き寄せ、後ろ頭を撫でた。
「あなた、とっても優しいのね。男の人はそれが一番。大好きよ、ギュンター……」
こんな風に頭を撫でられたのは、何年ぶりだったろう。
ギュンターは、なぜか泣きたくなった。涙を堪えるために、愛しい人の名を繰り返し呼ぶ。
「フロレンツィア! フロレンツィア……!」
「可愛くて優しい、私のギュンター……」
――男にとって必要なのは、何か。
「強くなければ」と思っていたその価値観を、たった一晩で、しかも娼婦ごときに打ち砕かれてしまった。
だがそれはギュンターにとって、不快な出来事ではなかった。
勇気を出して変わっていけば、きっと愛してくれる人がいると、信じることができる。
「ああ……! すごく……っ! 気持ちいい……っ! フロレンツィア……!」
フロレンツィアの最奥に至り、今度こそ一滴残らず注ぐ。全身が歓喜に震え、ゆるゆると痙攣していた。
ギュンターが抱いていた未来への不安は、つまり孤独への恐れだ。
今それは綺麗さっぱり消え失せ、彼は温かな充足感に包まれていた。
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