堕天使の困惑

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が、目が見えない分、空気のわずかな動きで周りの人々の様子をうかがい知ることが出来る少女にとっては、堕天使が人々の目に映らない存在であることなど関係なかったのだ。 「お願い、行かないで。」 その声は柔らかく、彼にとって初めて触れられた優しい言葉だった。逃げるように消えようとした堕天使は、その言葉に背を向けることができなかった。 「私ね、ここにはずっと来ていなかったの。昔の楽しかった思い出がおおすぎたから・・・」 少女は、堕天使の気配が漂う広場に向かって、ゆっくりと語り始めた。両親とここで過ごした幸せな日々、花の香りに包まれた優しい時間、そしてそれを思い出すたびに感じる寂しさ。その話を聞きながら、堕天使は何故か立ち去れなくなっていた。彼の中に、少女の孤独が静かに染み込んでいくようだった。 それからというもの、堕天使は人々の目を避けながら、夜遅くに広場に訪れ、そっと少女のそばに寄り添うようになった。
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