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Case.3 痩せ馬の声おどし
崎山はあれから、毎週金曜日の夜に【夜伽ヒプノセラピー】に予約を入れるようになった。
ストレス解消と自身の心の内を確かめるためであったが、快感にハマった面も否めない。
数回カウンセリングを受けたが、やはり彼が同じ室内にいるというのが大きいのか、いつも途中から夜伽光、つまり光貴に愛撫される催眠内容になってしまう。
完全に崎山の感覚のみを引き上げるような指示をしてもらっても、結果は同じだった。
この結果に崎山はいつも帰りの電車内で考える。だが、いくら考えても答えが出ない。
一方の光貴も、そんな幼馴染みの行動に困惑しながらも、仕事は仕事と割り切って崎山のカウンセリングにあたる。
しかし、ベッドを見下ろせば淫らに身をくねらせ嬌声を上げる長年の想い人、という状況は彼の欲望を刺激する。仕方ない、光貴は健全な成人男性である。
そして毎回、白衣の前を閉じて自らの勃起と恋心と多少のやましさを隠すという状態になるのだった。
自慰材料が増えていくだけの日々に、光貴は内心頭を抱える。こんなこと誰にも言える訳がない。
崎山に白状したところで困らせるだけだろう。同じカウンセラーであるまりあに相談したくても出来ない。
相談するにはまず、崎山の事情に言及せねば、自分の心情も説明出来ないのだ。
そして崎山の事情を光貴は誰にも話す気はない。もし自分が崎山の立場ならば、むやみに言いふらされたくないような内容だからだ。
そうしているうちに崎山は催眠カウンセリングを重ねる。帰り際には、来たときと同じ鉄面皮でありながら、拭いきれない色香が漂うようにもなった。
受付担当の青年とまりあは、光貴と崎山、二人の関係をそれぞれの思いで見守るという日々が続く。
そんな日々が過ぎていき、現在は12月の第二週。今日は木曜日だ。
予約確認をしていた青年が言った。
「……崎山様、今週は金曜じゃないんですね」
その問いに、ああ、と光貴は書類作業中のデスクから顔を上げる。
「明日は部署の忘年会らしいよ」
先週の催眠終わり、アフターヒアリングの時間に苦虫を100匹噛んでいるような渋面で告げた崎山に、ちょっと気圧されたのは記憶に新しい。
すると、まりあが声を上げた。
「へえ~、偶然ねえ」
そう、本当に偶然で、明日は【夜伽ヒプノセラピー】も忘年会の予定なのだ。
場所は原宿駅前のとある居酒屋だ。
二人にはここの近場じゃないのか、と訝しがられた。
まさか崎山が心配すぎて忘年会会場を聞き出し同じ店を予約したとは、言えるわけもない。
幼馴染みだから出来た所業だ。プライベートでの関係性がなければ、質問した時点で完全に不審者決定である。
そんな所長の葛藤を知らない青年は、チェアの背もたれにもたれかかり背伸びする。
「あぁ~……意識したらめっちゃ明日が待ち遠しくなってきたんですけど……。早く飲みたい……」
げんなりして聞こえる青年の言葉に、まりあが顔を向ける。
「あら、珍しいわね綾人ちゃん」
「仕事のストレスを発散したいんですよ」
ハッ、と苛立ち混じりに笑う綾人青年。まりあは苦笑する。
「飲むのもいいけど、ほどほどにするのよ」
「分かってますよ」
ドアを貫通して喘ぎ声が聞こえてくるって、そんなクライエント俺初めてなんですけど。
綾人がこう抗議してきたのは記憶に新しい。
十中八九、仕事のストレスっていうのは充関連なんだろうなぁ……、と光貴は苦笑を浮かべた。
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