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西村が崎山に鞄を手渡そうとするのを自然に遮り受け取り、そのまま彼に手渡し、背に手を添えて、タクシーに乗るよう促す。
「すみません、俺も乗るのでちょっと待っててもらっていいですか?」
「はい」
頷いた運転手は、この仕事をするようになってからの馴染みだった。
催眠を終えたクライエントがタクシーを使いたい、ということもあるため、クリニックと提携を結んでもらったタクシー会社だ。
そうでなくともこの運転手は主に繁華街を流していることが多いので、自然と酔っ払いや痴情のもつれを目にすることが多い。
光貴の頼みにも、顔色を変えることなどなかった。
運転手が頷いたことを確認してから、光貴はいったんタクシーから離れる。
渡辺の横で所在なさげに立っている西村をまっすぐ見据え、――首を絞めるつもりで、胸倉を掴み乱暴に捻り上げる。
スポーツ経験者らしき上背と体格の西村が、びくりと跳ね上がるのが分かった。
当然だろう。今、光貴の表情は憤怒以外の何物でもないからだ。
久々だった。ここまで頭に血が昇るのは。
田舎の口さがない連中を全員殺して山に埋めたいと思った、少年期以来だ。
西村は随分と冷や汗をかいているようだが、光貴には関係ない。
(……充に何をしようとしたか、俺はしっかり見ていたからなクソガキ)
怒りで自然と、低く抑えた、激情と殺意を押し殺したような声になった。
「……てめえ、これ以上充に何かしてみろ。本当にへし折ってやる」
ストレートな恫喝に西村の息が詰まる。逆上した姿を見せたことのない同僚二人も同様。
唯一、その場で平静だったのは渡辺くらいのものだったろう。
返答など聞く気はない。光貴はさっさとタクシーに乗り込む。
ドアが閉まったあと、運転手に出発を頼んだ。
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