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出汁パックが出されたカップが目の前に出される。
ハーブティーなど、プライベートでは飲んだことがない。おずおずとカップを取ってしまう。
火傷防止に何度か息を吹きかけてから、カップを傾ける。
【夜伽ヒプノセラピー】で初めて飲んだ茶と似たような味がした。
「……うまい」
「良かった」
自分のカップから出汁パックを出した光貴も、ハーブティーを飲む。
その光景に、崎山は不意に心臓のあたりからじわじわと暖かくなるような感覚を覚えた。
(――……ん?)
突然の感覚に、ホテル館内着の上から心臓のあたりを押さえる。
覚えがあるようでないようなこれの正体が分からない。
「? どうした?」
「……いや」
考えても分からないものは仕方ない、と崎山は一旦脇に置いておくことにした。カモミールティーのカップを傾ける。
ふと、誰かから連絡が来たのか、光貴が自身のスマートフォンの画面に目を向けた。
手に取って操作している様子を眺めながら、崎山はぼんやりと考える。
(……光貴とまた、プライベートで過ごす時間が来るとは思っていなかったな)
今日は本当に怒濤だった。
普段から距離感が近いと、半ば嫌悪に近い感情を抱いていた後輩のせいで、過去のトラウマが無理矢理引きずり出された。
昔も今日も、光貴がいなければどうなっていたか。
(……また、友として共にいたい、と思うのは、俺の傲慢だろうか)
ただただ泣いて閉じこもるしか出来なかった自分と、追いかける術を持たない子供だった彼。
今はそうではない。もう自分たちは大人だ。自分で自由に選択出来るのだ。
光貴の隣に並んでいる自分を想像してみる。
二人で町並みを歩いて、カフェに立ち寄ってコーヒーを飲んで、夜になったら夕飯を共にして。都合が合えば旅行に行ってみてもいいかもしれない。
そして、いつか純白のウェディングドレスを着た幸せそうな女性の横で、同じように微笑む光貴の結婚式に参列して祝うのだ。
(……?)
そこまで想像してみたとき、チクリ、と胸に何かが刺さったような気がした。
それが何なのか、崎山は全く分からなかった。
(……俺と、光貴は、友人。……そうだよな?)
音声や対面での催眠カウンセリングで喘ぎ散らかしているのを知っている相手が、純粋に友人なのかと問われるとなんとも言えないだろう。
だが、崎山は今はそれを棚に上げていた。考慮の埒外にあったと言ってもいい。
〝友人〟という枠組みの関係を壊したくなかった。
そこから一歩でも出てしまうと、何かが壊れてしまいそうだと、無意識に思ったのだ。
(……そうだ。光貴は友人。幼馴染み。俺の、両親以外で唯一の完全な味方)
それでいいと崎山は思う。例え、将来的に彼が一番に心を砕く相手が自分でなくなったとしても。
自分は光貴の友人、幼馴染みとして、彼が幸せに暮らしているのを報告してもらえる間柄でいられればそれでいいのだ。
それでいい。
そう結論づけたとき、光貴がふと顔を上げた。用事が済んだのか、スマートフォンをテーブルに置いている。
「? どうしたの?」
そう問われ、崎山は緩く首を振って何でもない意を示す。
残ったハーブティーを飲み干し、カップを置いた。
「ごちそうさま。美味かった」
「ん」
頷いた光貴を尻目に、崎山は伸びをする。ぱき、とどこかの関節から音が鳴った。
一種の爽快感を味わいつつ自身のスマートフォンで時間を確認すると、いつの間にか21時半を回っていた。
それを自覚した途端、あくびを噛み殺す。
今日は、【夜伽ヒプノセラピー】に出会ってから滅多に思い出すことはなかった、トラウマの源泉とも言える忌々しい事件の記憶が這いずり出てきたこともあり、とにかく精神的に疲弊していた。
だがそれだけではない。
普段は夕飯を摂らないこともあるが、コンビニ弁当とはいえ胃に物を入れた。シャワーも浴びて、暖かい飲み物も飲んだ。
体が内側から温まっているので、次は睡眠を欲しているのかもしれない。
「眠い?」
光貴が訊ねてくる。
「……ああ。今日は寝る」
答えると、光貴は「そのほうがいいかも」と返した。
「今日は疲れたろうから、早めに寝た方がいいよ」
「そうだな……」
それだけ返し、崎山は洗面台に向かう。
アメニティの歯ブラシセットと備え付けのコップを片方使い、歯を磨く。
それが終わると、崎山は部屋に入った直後に寝転がったベッドに潜り込む。
光貴がテレビを消していたらしく、部屋の中は静かだった。室内灯まで暗くしていた。
やたらと気遣ってくれることに内心苦笑しつつ、崎山はベッドの中で横臥する。
(……そういえば……)
先ほどの光貴からの問い。
『……そういや今日、俺ずっとお前のこと触ってたんだけど、嫌じゃなかった?』
(……答えるの、忘れてたな……)
ゆるゆるとした眠気に誘われながら、崎山はぼんやり考える。
(……どうしてだろうな……)
意識が眠りの中に落ちていく。
(……いやじゃあ、なかった……)
ふと、頭を撫でられているような気がした。
「――……おやすみ、みーくん」
心を優しく慰撫する声を最後に、崎山は眠りについた。
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