Case.2 問い声よければ、いらえ声よい *

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「……ええと。僕の作品を大層好んでくださっているんですよね」 「……ああ」 「ありがとうございます」 にこり、と目の前のカウンセラーが微笑む。 その笑みに崎山は顔には出さずに戸惑った。 先ほどまで、少し感情が読みやすいと思っていたのに、今はそれが全くない。 意図的に読ませないようにしているのだろうか、だが何故。 そうぼんやり思っていると、光貴は持っているタブレットに視線を落としながら訊ねてきた。 「毎日、僕らの作品を聞いてらっしゃる?」 「……あ、ああ……」 この部屋に入ってから、何故か心の防壁が薄くなっていくような気がする。 ただただ落ち着く、というだけなのだろうか。 気づけば、崎山は予約を入れるまでの経緯を話し始めていた。 「……仕事と人間関係で極度のストレスを感じて不眠症になっていた時、たまたま先生の睡眠セラピー音声を聞き、その日はとてもよく眠れたんです。それから毎日一作ずつ、先生の動画を聞きながら眠っていたんですが、ある日そういう目的と知らずに脳イキ催眠音声を聞いてしまって……終わったあとものすごく戸惑いましたが、同時にとても気持ちが軽くなった気がした。それから、ほぼ毎日……」 常に理路整然を心がけている崎山には珍しく、とりとめのない話し方である。 初めてこういう場所に来た上に、幼い頃の自分を知っている相手に今の自分の心の一片でもさらけ出す作業をしているようなものだからだ。 普段の崎山は自分の心を、押し込め、閉じ込め、殺すことばかり意識している。だからこういう作業には、常ならば苦痛にも似たものを感じるはずなのだが。 「……成人向け音声ばかり?」 「……本当に忙しくてその体力がないときは、睡眠導入音声だが……」 「……頻度は高いんですね?」 その通り。質問に、崎山は項垂れるように頷いた。 自分でも分かってはいるのだ。あまりに依存しすぎると、自分はどうなってしまうのだろうかと。 光貴は崎山にやんわりと釘を刺してくる。 「……僕のクライエントやユーザーにはいないとは思いたいんですが、そういう音声を聞きすぎて依存状態になってしまった方もいらっしゃいます。音声の使用は適度な頻度にとどめて欲しいんですが……」 確かにその通り。キャプションや注意書きに書いてある、「依存性があります」の文言はもう飽きるほど目にしてきた。 「……だが、聞かないとよく眠れなくて……」 膝の上で組んでいる手指が震える。声も震える。当然だ。 今の崎山は、夜伽光の作品を唯一の心の支えとしている。 それをダメだと言われてしまったら、一体どうしたらいいのか分からない。 最早、酒か睡眠薬に逃げるしか選択肢がなくなってしまうとすら思っているのだ。 何を言えばいいのか分からず押し黙る。すると、うーん……、と光貴が思案を始めていた。 (……何を考えているんだろうか) やはり、幼馴染み、それも同性で、子供の頃以来の再会で、身長も体格も大幅に成長した自分が、こんな浅ましい理由で頼ってくるなど、気持ち悪いだろうか。 (……俺なら願い下げだ) 例え自分が光貴の立場――夜伽光であったとしても、平静に対応できるだろうか。 (……来なければ) よかったかもしれない、と思っていたとき、光貴が一つ咳ばらいした。それで思考が目の前の相手に戻る。 夜伽光としての姿勢を崩していない彼の表情は、こちらを気遣っているような、それとも呆れているのか、曖昧なものだった。 「……崎山さん。私どもの作品をご愛顧してくださっているのは、大変ありがたいことです。前は睡眠導入用の音声も聞かれていたということですし、スリーピングコースも試してみるおつもりはありませんか?」 ……ああ、やはり気持ち悪いと思っているのか。 その瞬間、崎山は目の前のカウンセラーに対してほんの少しの失望を抱いた。 表情が険しくなっていくのが自分でも分かる。手がより震える。 光貴が驚いているような顔をしているのを見て、崎山は半ば自暴自棄になっていた。 「……こっちは清水の舞台から飛び降りるつもりで予約したんだぞ。それを変えろと? カウンセラーなら、依頼人の意を酌み取ったらどうなんだ」 押し殺した低い声音で詰る。 失望、自己嫌悪、安堵。様々な感情がめちゃくちゃに絡み合い、崎山の口が衝動的に滑っていく。 「……夜伽光の声を一回直に聞いてみたかっただけだ。邪魔をしたな、予約はキャンセルする。違約金は払うから心配するな」 それだけ言って、鞄を引っ掴み立ち上がる。 その時、光貴が盛大なため息をついた。 「……分かりました。とりあえず、本日は体験ということで、セクシャルセラピーコースをご案内します」 急な彼の方針変更に、崎山は一瞬呆気に取られた。 眼鏡の位置を直す彼の表情は読めない。 「体験ですので、料金はいただけません。ですが通常のコースと変わらない催眠をさせていただきます」 光貴は立ち上がる。そして、崎山から見て正面右手のドアを指し示した。 「セクシャルセラピーコースのクライエントには、お手洗いと着替えをお願いしています。あちらの部屋は更衣室を兼ねたレストルーム、その隣がシャワーブースになっています。着替えは室内のかごの中にセットされていますので、そちらを着用ください」 流れるような説明に、崎山は戸惑いながらも従う。 また荷物を籐籠に置き、言われた通りに隣の部屋に向かった。
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