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Case.1 あの声でトカゲ食らうかホトトギス *
寒さが迫り来る11月。眠らぬ都市のとある住宅街。
凍える夜の外気を遮るように、遮光カーテンが閉め切られた4階建てアパートの一室。
街頭の明かりすら漏れ入らないように遮断して、部屋の主である男はあることに没頭していた。
アイマスクをして、高性能の無線イヤホンを耳につけ、シンプルな肌着シャツと暗い色あいのボクサーパンツのみの格好でベッドに横たわっている。いや、ただ横たわっているだけではない。
エアコンによって適温に保たれた室内に、熱い呼吸と淫猥な嬌声を響かせ引き締まった体を淫らにくねらせている。
『――そう、今あなたの体はとても敏感です。空気が触れるだけで脳が沸騰したように熱く、熱く、熱くなる……。その熱は快楽に変換されて全身を支配して……』
「あぁぁぁあ――~ッ、は、はァッ、あ、あっあっあっ、ッ」
『――……さあ、身も心も解放するときです。お好きなだけ、体と心の望むまま、淫らに、頭をからぁっぽにして、絶頂のことだけしか考えられなくなってください……。この音、指を鳴らす音。この音が、あなたを解放してくれます』
「ア゙ッあ゙っぁっあぁぁぁぁああ」
『……――さぁーん、にーぃ、……い~ち……』
「っぁ゙、――~ぁぁぁああああ――――!!!」
瞬間、がっくん、と男の腰が勢いよく跳ね、勃起していた陰茎から精液を勢いよく迸らせ下着の中で滞留する。その前から既にカウパー腺液で前身頃をびしょびしょにしていたので、今更下着の中で射精することなど些末と言えるだろう。
男性であるとしか認識できない声をまるで雌のようにさせて、男は誰にどこも触れられていないのに脳で絶頂に陥ったのだ。
しばらく、がくがくと躯を震わせながら、雌の声を漏らし、男は幸せそうな笑みを浮かべる。
呼吸が落ち着き始めたところで、とっくに音声は次のトラックに移っていた。催眠を解除するための音声だ。
性的興奮に高ぶっていた体は、徐々に平静を取り戻していく。
催眠解除音声を聞く時間は、甘い余韻を楽しむ時間になっていた。
『はい、お疲れ様でした』
その音声を最後に、トラックは再生を終える。
男は、脳をまるごと痺れさせるような感覚を鎮めるために息を整える。これは毎回のルーティーンだ。
しばらくしてから起き上がり、ややおぼつかない足取りでシャワーに向かう。
シャワーを浴び終わると男は髪の水分を拭うのもそこそこに、自宅用の予備メガネをかけノートパソコンを起動させる。
OSの起動が完了するのをじりじりと待ち、トップ画面になった瞬間、マウスを動かし始めた。
インターネットブラウザのブックマークから呼び出したページは、とあるデジタルコンテンツECサイトである。
【夜伽ヒプノセラピー】というストア名が表示されるや否や高速でマウスのホイールを下方向に回す。
新作コンテンツのバナーをクリックし、レビュー欄にカーソルを合わせた。
「……ふぅ……」
男は息を吐く。今から、先ほどまでイヤホンで聴いていたあれのレビューを書くのだ。
すっかり脳での絶頂を覚えてしまった体は、思い出すだけでじわりと性的興奮を思い出してしまう。
その熱を逃がすようにもう一度息を吐き、男はメガネの位置を直す。
淀みなく、ノートパソコンのキーボードをブラインドタッチし始めた。
その表情は、先ほどまで快楽に酔いしれていたとは思えないほど、冷徹なものになっている。
『待ちわびていた夜伽光先生の新作。今回は不感症のクライアントを性に目覚めさせるために施術を施すというものだった。優しげな語り口調と穏やかかつこちらの全てを包み込んでくれるような深い声音で、聴者の緊張をほぐしてくれる手腕は、毎回のことながら絶品と言わざるを得ない。』
たっぷりと何十分もかけて、男はレビューを熱心に書き上げていく。
書いているうちに体が先ほどの快楽を思い出し、下半身が勃起しているのにも気づかず、男は最後まで手指を動かしていた。
彼が夢中になってレビューを書いている作品。それは、年齢制限のある成人向け催眠音声作品。いわゆる催眠オナニー用音声だった。
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