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息子の憂鬱
都の中街のお昼時は賑やかだ。屋台や、飯店の周りには卓や椅子が並べられ、物売りも多い。住人だけでなく旅人と思しき様々な服装の人々が行き交う。しかしガヤガヤとした街角に明らかに不似合いな2人が目立っていた。
黒ずくめの大剣を背負った片目の男と大少爺おぼっちゃまらしき、明らかに仕立てが上等な絹の服を纏った青年である。青年は北方の血をひいているのか背が高く肌が白く、兎に角一目で庶民ではないと分かる装いをしている。
「というわけで、大喪が開けて後宮を開くにあたって全土の美女を集めるにあたり、堯舜ヤオシュンはその誰かわからん誰かを探したいと…」
屈強な片目の浅黒い男の言葉を、一際光彩を放つ若者が遮る。
「だからね、小龍シャオロン!そもそも後宮は開かない。彼女以外はいらないんだよ、父上と母上もそうだったじゃないか。後宮はいらない。彼女だけでいい」
小龍シャオロンは苦笑いをする。
「いやあ、血は争えんねえ。それでも奕震イーチェンはちゃんと後宮は開いたよ。魑魅魍魎を掌握するためにさ」小龍シャオロンの片眼がギラリと光り、ニヤリと笑いながら続ける。
「即位したばかりの小皇帝は不安定だからねえ、何かしらのうまみをばらまかないと。なんだかんだ欲まみれの連中を乗りこなさなければ政まつりごとはまわらねえよ」
堯舜ヤオシュンはその言葉に形の良い眉を歪めた。
「そうだとしたら、尚更、彼女を皇妃にする」
「誰かもわからない。どこにいるかもわからない、しかも顔もよく覚えていないんじゃ探しようがない」
小龍シャオロンは一層声を顰めた。
「しかも話を聞きゃあ、明らかにそりゃ人妻でしょう」
「輿入れの旅の移動中はまだ人妻じゃないだろう、それに彼女も…初めてだった。つまり彼女の、なんだ、身体検査はいらない。貞節は問題無かった」
堯舜ヤオシュンは少し顔を赤らめながら、小声で口早く言った。
「輿入れ先もわからないんじゃ探しようもないし、もう3年前の話なんですよ。今や嫁入り先で子供の1人や2人こさえてるに決まってるでしょう」
「それでも、いい。それに手がかりならある!母上の翡翠のかんざしを渡したから、きっと身につけてくれているはずだ」
堯舜ヤオシュンは街ゆく若い女性を涼しげな眼差しで見ては、頭にささる簪かんざしに至ると落胆の色を隠そうともしない。視線を投げかけられた娘たちは満更でもない顔をして頬を赤らめるが、堯舜ヤオシュンの表情の落差に最後は怪訝な顔で通り過ぎてゆく。
「人通りの多い場所で、かんざし頼りに流し見してたら探し人通りが見つかるとかロマンチストすぎますね」
「小龍シャオロンだって父上の後宮に輿入れする中の姫をさらったそうじゃないか、大恋愛で」
堯舜ヤオシュンの言葉に小龍シャオロンは遠い日を見るような眼をした。
「あれは…さらったんじゃない…あれは…。後悔してます。分布相応だった。代償は大きかった」
優しい声で小龍シャオロンは続ける。
「だからね、こんなちぃちゃい時から堯舜ヤオシュンが皇帝陛下になるまでみてきた俺としちゃあ、大恋愛なんてしてほしかないんですよ。いいじゃないですか、酒池肉林。100も200も太もも並べて皇帝陛下にゃそれができる!」
「彼女を探すのを手伝ってくれ」
少し戯けた小龍シャオロンの話は真剣な声に遮られる。堯舜ヤオシュンの眼差しは、かつて小龍シャオロンが愛した姫の面影があって、頷くほかなかった。
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