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下働きは突然に
堯舜ヤオシュンはいそいそと身支度をしていた。今日は約束の顔合わせの日である。
街に繰り出す日に良く着ている服装である。父親譲りの黒烏のような長い髪をくくりあげ、詰襟の刺繍が見事な上着を羽織る。
「皇太后さまのおなりです」
入り口の衛兵が叫ぶと同時に女官頭を含む三人の侍女を伴った雲泪ユンレイが姿を現した。
「やっぱり!みなりが良すぎるわ」
「突然こんな大少爺おぼっちゃまが現れたら警戒しかいたしませんわ」
「見目と財産に寄ってくる女を避けれそうにないよ」
口々に好き勝手言ってくれる。
みな 堯舜ヤオシュンのおむつ替えをした経験のある猛者たちである。皇帝になろうがなんだろうが、この人たちにはかなわない。
「待ち合わせは私の実家の飯店です、そんな格好でいっては店中どころか地区中の視線を集めてしまいますわ」
小梅シャオメイが困った顔で忠告をくれる。
「今日もう連れて帰ってくるなら話は別だけど。まあ正直それもいいわね。あんなところにあの子たちをほおっておくのも心配だわ」
雲泪ユンレイは息子より、その白露バイルーたちに夢中らしかった。人にも物にも執着のない、よくいえば冷めている母親がこんなに拘るなんて薬でも盛られたのではないかと堯舜ヤオシュンは訝しんだ。
「母上が勝手に約束してきたんでしょう。連れて帰る気なんてないですよ」
「じゃあなんで会うのよ、可哀想じゃない。まあいいわ、会えば可愛く思うわよ。不思議と助けずにはいられないはずよ」
何を根拠に雲泪ユンレイがそんなことを言うかは分からないが、なすがままに 堯舜ヤオシュンは着替えさせられてゆく。
「 堯舜ヤオシュンの方が奕震イーチェンより体格がいいのね、本当によく育ったわ」
感慨深げに雲泪ユンレイは息子の大きな背中を撫でる。
「20回は洗濯したからね、丈も少し足りないところが金持ってなさそうだよ!」
均整とれた体格の良さや、ハッとするような眼差しは隠せそうにないが、肌も少し汚して生まれの高貴さを隠してゆく。
「働いてることにするの?」
「宮の衛兵あたりかしら」
「宮の衛兵なんて、庶民にとっては憧れですよ!それがこの見た目で女っ気なんなんて信じませんわ。遊び人にしか思われないでしょう」
「じゃあ、文官?」
「文官なんてエリートか貴族様ですよ!警戒されるに決まっています」
宮女たちは、皇太后も含め後宮外の職業事情に疎かった。
「じゃあ無職でいいだろ」
「「流石にふられるわよ!!」」
雲泪ユンレイたちは考えに考えたあげく、母の口利きで奉公している衛兵の馬の世話をする下男という謎の職業でいくことにした。実際に雲泪ユンレイたちは自分の愛馬は自らの手で世話することもある。中枢の人間たちですら何千人が働く宮の全貌を把握していないのだから、バレないだろう。
「ほんのり馬糞の匂いがしたほうがいいかしらねえ」
靴裏に馬糞を擦り込むことは断固拒否をする。
「そういえば、あんたが気に入らなくても働き口を紹介するって約束したから宮女の住み込みで保育園完備の刺繍や繕い、洗濯の仕事を紹介するって言って!」
なぜふられるのは俺なのかと疑問に思いながらも、盛大に送りだされて 堯舜ヤオシュンは月華宮の抜け道から中街に向かったのだった。
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