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いつもこうだ。タイミングを熟考している間にいい人で終わる。
いわゆる「脇役ポジション」の梶山には、特定の恋人がいたことはない。
(俺も来月には四十だ……。これと言って特徴のない地味顔だしスタイルも普通。こんな年増のネコ、もう誰も抱いてくれないかもしれない。俺はこのまま干からびていくのかな)
「──隣、いいですか?」
「えっ」
二度目のため息を吐きかけると同時に声をかけられた。
ガタイは良さそうなのに、背を丸めた臆病そうな田舎くさい若者が立っている。
見た目も、年下も好みではないが、声はなかなか深みがあっていい。今夜は話し相手が欲しいし、これも縁だろう。
「どうぞ、空いてますよ」
ひと回りは違うだろうから、大人っぽく紳士的に微笑んでみせる。
「ここは初めて?」
「ゲイバーも初めてです。緊張しましたが、一人でいらっしゃるあなたを見かけて思いきって声をかけました」
「そう。でも初めてがこんなオジサンじゃ申し訳ないな。フリーの若い子も多くいるからホールに出てみれば……」
梶山が店内を見回すと、若者は顔と肩を寄せてきた。
「どうして? あなたと話したいから声をかけたんです」
「へっ」
低い声で耳の中へ囁かれ、脊椎がゾクッと震えた。
「さっき、見てました。好きだったんでしょう?」
若者は、飲み友が告白前に飲んでいたウイスキーのグラスを指で弾き、フッと鼻で笑う。
「あの人はバカだね。俺ならあなたを選ぶのにな。……ま、選んでたらこうして話せなかったから、俺はラッキーですけどね」
梶山を見つめながら飲み友のグラスを手の甲で奥に払うと、新しくオーダーした酒を飲んで唇を舐めた。
肉厚で艶めかしい舌に、梶山はドキッとさせられてしまう。
黒縁の眼鏡に、瞳を隠すようなボサボサの前髪をしていて表情もよく見えないのに、舌だけでなく節のある指、筋張った手の甲から色気が滲み出ている気がする。
「と、年上をからかわないでくれ」
「ふふ、可愛いですね。顔が赤いのは酒のせいじゃないですよね。良かったらこの後、どうですか」
グラスを持っていた手に手を重ねられる。
男らしいだけでなく張りがある瑞々しい手は、梶山の指の間に指を入れ、絡めてくる。
背中から抱きしめられる自分が頭に浮かび、梶山は腹の奥を疼かせてしまった。
(年下は初めてだけど、どうせワンナイトだろう。冒険してみようか)
今までのつまらない、「いい人」の自分から変わりたかった。それに、身体は若者を欲している。こんな脊椎反射のように欲情が湧くのは初めてだ。
遠慮がちではあったが梶山がうなずくと、若者は梶山の手を繋いでチョコレートファウンテンに誘った。
若者はウェイターからチョコレートカクテルをふたつ取り、梶山に渡すと、空いた手でイチゴにチョコをかけて差し出してくる。
この店では毎年バレンタインパーティーを開催するが、梶山がこの告白ジェスチャーを受けるのは初めてだ。
梶山はグラスを差し出し、イチゴを受け取り、自分も返した。
マスターと客たち、さっき失恋をした飲み友の祝いの声と拍手に包まれる。
カクテルとイチゴの甘さを味わったのち、梶山はふわふわした気持ちが冷めやらないまま若者とホテルへと向かった。
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