第十四話 女神の気まぐれ

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第十四話 女神の気まぐれ

「女神様ってどの女神様?」  転移装置は二十人程度が腰かけられる長方形の箱のようなものだ。  魔導列車の一両分に相当する広さだいってもいい。  前後に四人ずつ腰かけられるボックス席が、室内に五、六個用意されていた。  リオーネたちは貴族専用のパートメントで遮られた席に座っている。  そこでリンシャウッドが何気なしに発した質問に、リオーネはずっと考えていた答えを話した。 「戦女神ラフィネ様よ。リンシャウッドはどなたを信仰されているの?」 「私は浄化の女神リシェス様」 「ああ、そういうことね」  と、リオーネは腑に落ちる。  ラフィネ、リシェス、サティナ、ルーディアは帝都で目立つ四大女神教えだ。  それぞれ、役割も異なるために他国では国教に指定されている女神が、この国ではそうでないことも一般的だ。 「どうして女神様にきけばわかるのかな?」 「それは――ヴェルディ侯爵家が初代大神官の末裔だからだよ。アーバンクル公爵家は初代聖女の末裔」 「なら、初代聖騎士の末裔は、どなた?」 「帝室よ」 「ああ、なるほど。だから、三すくみなのね」  と、リンシャウッドは訳知り顔になる。  古くから魔猟師をしている彼女は、その腕前からいろいろな各地の神殿ともつながりがあるらしい。  どこの神殿でも、神託を聞けるのは大神官、聖女、聖騎士、と相場は決まっている。  その宗教が国の教えになれば、国王や皇帝といった国のトップもそこに加わるのだ。  そして、エイデア帝国では皇帝と聖女はもう高齢で、代替わりが望まれている。まだ若い大神官とまだ若い聖騎士の二大勢力が入り混じるなかで、当のライオネルは皇帝派でありながら政治に興味を見せない。  聖女派と大神官派が手を組み、帝国の政治を裏から握ろうとする反皇帝派からしてみれば、いまは絶好の機会だ。  「良かったの? 四度目になったらもう逃げられないよ、あの侯爵から」 「そんなこと言わないで、リンシャウッド! あの人は必ず生きているから、無事だから……」 「あの人、ねえ。まあ、リオーネには今度こそ幸せになって欲しいから、応援している」 「ありがとう」 ――大丈夫、まだ。ない……。大丈夫。  ほっと小さな息を吐き、心を据える。  前夫たちが死んだとき、なにか異常があったはずだ、とリオーネは考えていた。  どんなものでもいい。些細な異変があったことを思い出したくて、ずっと悩んでいた。  その結果、分かったのは誰が亡くなったときもそう。  胸がうずき、心臓をわしづかみにされたような痛みに襲われた。  今回はそれがない。  つまり、まだライオネルは生きているということだ。  確信めいたなにかを心の支えにして、リオーネは転移装置が次のポータルへと到着するのを待った。  窓の外を覆っていた不思議な虹色の光を抜けると、ポーンっと音が鳴って次のポータルへと到着したことを乗客に知らせる。  リオーネは扉が開くのを待って、テスタリアのポータルから外へと出た。  侯爵邸にいくまえに出していた騎士が馬車を用意して待っており、一同はそれに分かれて乗り込む。  騎士長ベッケルが部下からの報告をまとめて、伝えてくれた。 「殿下のいらっしゃる戦地には、内部から外に出られないように結界が張り巡らされているそうです」 「どういうこと?」 「おそらく、瘴気が漏れださないようにするための措置かと。兵士たちは対瘴気戦の装備も用意していますし、まだ三時間と経過していません。中を視認した限りでは、激しい魔法戦が繰り広げられているようです」 「となると、結界を外から解くのは効果的ではないですね」  戦い慣れしているリンシャウッドが呻くようにいう。  もっとも良いのは、と口元に指先を当てて思案する。 「誰の結界かしら。その等級によって壊せるかどうかも変わってくるわ」 「おそらく、同行していた神官や巫女姫たちか、と」 「役立てばいいのですけどね」  つい、黒竜を墜としたのがミランダが放った爆裂魔法だったと思い出し、リオーネは苦々しい顔つきになる。 「顔、怖いですよ、リオーネ」 「そっ、そんなことはありません。殿下が心配なだけです」 「そう? ならいいですけどね」 「ところで、優秀な魔猟師としてのご意見は?」 「うーん。まず、結界を突破しないとだめですね。でも、これは魔法の分野だから騎士のかたがたには難しい」 「リンシャウッドならいけると?」 「まあ、私なら――潜り抜けることはできると思う。黒竜なら撃墜くらいは難しくない」 「へえ‥‥‥」  黒狼の魔猟師はしたり顔をしていった。  これでもランクAですから、リンシャウッドは結界に近づきつつある馬車の窓をじっと眺める。  視線の先をリオーネが追うと、人工の灯りがない荒野に一部だけ丸く高い透明なドームがあり、それは天空から降り注ぐ月光を跳ね返して不気味に浮かび上がっている。  なかでは時折、魔法とおぼしき光や炎、雷などが吹き荒れており、まるでそこだけが暴風雨のさなかにあるようだった。 「まだ竜が二頭いる」 「え、そんなの見えるの?」 「魔猟師の目は特別製だから。ひとり、とても強い人がいる、男の人。背が高くて竜の炎にも耐えてる――不気味なくらい強いわね。あれが聖騎士様?」 「それっ、ライオネル様!」 「いや待って叫ばれても、ここからじゃ伝わらないから!」 「でも、はっきりなさい、リンシャウッド! ライオネル様なの、そうではないの?」 「皇弟殿下のお姿を私は知りません、リオーネ! 落ち着いて!」  腰を浮かせたまま興奮するリオーネをなだめ座らせると、リンシャウッドは獣耳をぴんっ、と立たせた。 ――黒竜は二頭、弱っているのがまだ一頭いる。あれでもおかしい。  聖騎士ならば女神の恩寵がある。  リンシャウッドは他の女神の恩寵を受けた人物を知っている。  その人は黒竜の二、三頭程度に苦戦することなどなかった。  簡単に蹴散らしてしまい、普段の公務が嫌だとぼやいていたものだ。  なのに彼は苦戦している。  まるで与えられていた能力に限りがあり、いまの戦いでそれをすべて使い果たしているようにも見えた。  そして、なにかを庇っているようにも見えた。  一人の人間。いや、女、か?  そこまでは行ってみないとわからない。幼馴染の愛する人が苦戦しているならば、その元凶を取り除くことに注力しよう、とリンシャウッドは考えた。  つまり、死んだ黒竜の遺骸が発している瘴気を消滅させること。 「先に行きますが、皆様はあとからゆっくりと。瘴気を打ち消す装備はおありですね?」  問うと騎士長ベッケルはゆっくりとうなずいた。 「この馬車たちは特別製だ。中にいるかぎり、瘴気を招き入れることはない。時間に制限はあるが……あなたは、どうされる?」 「あの結界は即席のものだから、そこかしこにヒビがあるのが分かります。瘴気がいずれは漏れだすでしょう。維持している術師が死ねば崩壊するはず。そうなる前に、中に充満している瘴気を除去します」 「そんなことが? 浄化魔法の最上位魔法でも使えなければ不可能だ!」  みすみす死ににいかせるわけにはいかない、とベッケルは頭を振る。  しかし、リンシャウッドは得意げに両方の獣耳を立てて言った。 「私、ランクAの魔猟師ですから。知ってます? 黒狼の得意技。浄化の炎を操ることができるんですよ?」 「いや、待て――」 「リンシャ!?」  リオーネとベッケルの制止を振り切り、魔猟師は馬車の窓を開けると、勢いよく飛び出していった。
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