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第十二話 襲撃
「何事――!?」
魔道具からつんざく破裂音が室内に響きわたる。
リオーネはベッドから飛び起きて、音の正体を確かめようとした。
「奥様、どうなされたのですか! 物凄い音が……」
廊下に控えていた侍従たちがノックもせずに室内に飛び込んできた。
顔色を失っている彼らの中にはまだ若い男性の騎士もいて、女主人の肌が露わになった夜着を見て顔を赤らめるものもいて、さまざまだ。
「わたしは無事です。安心して職務に戻りなさい」
「ああ……魔導具から、ですか。故障かなにかですか」
「かもしれないわね。ライオネル様と通話ができなくなったら困るから、明日、技師を手配してちょうだい」
「かしこまりました」
家令はそういい部屋を去る。
他の侍女たちも同様だったが、一人だけ耳が良い獣人のサリーは微妙な顔をしていた。
人がはいってくる気配を感じ取ったリオーネは、とっさに魔導具の音量を下げたのだ。
しかし、時折、胸元に抱きしめた装置からかすかだが誰かの声がする。
サリーにはそれが聞こえているのだろう。
言葉の主が誰かということも――。
「いいのよ。大丈夫だから」
「かしこまりました。奥様、なにがありましたら」
「ええ、すぐに呼ぶから、ありがとう」
「では」
サリーを最後に家人が出て行ったあと、リオーネはぽつんと室内に佇んでいた。
もう誰も聞いていないというのに、悪いことをするかのようにベッドと壁の隅に座り込み、魔導具の音量を戻してそっと話しかける。
「ラ、ライオネル?」
「リオーネ! 良かった、そっちでもなにかあったのかと!」
あやまってマイク側の音量も下げていたらしい。
彼はいきなり音が途切れたことに不安そうだった。
「ごめんなさい、いきなり家令たちが入ってきたものだから。その――さきほどの音を聞いて」
「ああ、あれか」
「どうしてあのような音が――軍事機密なら聞きませんけど」
「彼女が……」
「彼女?」
ライオネルは言い淀む。
発言しづらいことのようだった。
女、と聞いて思い出す関係者は一人しかいない。
ミネルバだ。
「‥‥‥ミネルバ様?」
「あ、うん。そう、だね。黒竜を遠くに見つけたといい、それが攻撃範囲だったから」
「え、どういうこと?」
「彼女は爆裂系の魔法が得意なんだ。大火力で敵を焼殺する、そんなものだな。爆風も起こるから周囲への影響も大きい。とにかく、密集地では扱いづらい」
「そんなものを発射した、と?」
そうなんだ、といいライオネルはため息を吐く。
ミネルバは聖騎士である彼の部署を越えた同僚だ。
神殿という横のつながりは強固で、時として縦社会をやすやすと横切って見せる。
「おかげで結界の一部がほころんだどころか、亀裂が入ってしまった。彼女は魔法使いとしてならとても優秀だ。でも、配慮が足りない。亀裂から数匹の黒竜が結界内に侵入してしまった」
「まあ、なんて子なの。あっちこそ厄介者ではないですか! ライオネル様のお仕事を増やすなんて……」
「これも同じ神殿に所属する者同士、仕方がない。止められなかった周囲にも問題はある」
やれやれと彼はいい、これから夜通しで黒竜を退治するのだと語る。
「深夜に黒竜は見えづらいが、そこはラフィネの恩寵がある。僕は死ぬことはないよ。だから心配しないで」
「は、はい」
――まだ結婚していないから、死んでもわたしの死に戻りの呪いは発動しないかもしれない。
婚約したら発動するのか、恋人になれば発動するのか、愛すればそうなるのか。
判断が難しい案件で、とにかくリオーネにできることは励ましの言葉をかけ祈りを捧げることくらいしかできない。
「ラズで待っているよ。僕の愛おしい人」
「ライオネル……無事で」
「もちろんだ」
「大好きよ、ライオネル。怪我しないで。必ず戻ってきて」
「約束する。努力するよ」
魔道具の向こうにいる彼がかけてくれる言葉が、リオーネの沈んだ心を晴れやかにさせていく。
愛されてるという実感が、包み込むように暖かいベールとなって、安らぎを与えてくれるからだ。
彼は大丈夫。きっと戻ってくる。
と、安堵したのも束の間。
また、魔導具の向こうから今度は地震でも起きたかのような重低音が響いてきた。
続いて、報告。
「殿下! 竜が落とされました」
「なんだと?」
「巫女姫が放った雷撃魔法が、黒竜を感電死させた模様です。こちらに瘴気が回ってくる前にお逃げ下さい!」
「あのバカ公女! なんてことをしてくれたんだ……。僕はいい。女神の加護がある。他の兵士に対瘴気防御を展開するように伝令!」
また、三度目の音がする。
今度は、ズズンっ、となにかが落ちてきたような音だった。
「報告! 翼を失った魔竜が陣営内に墜落! 暴れ回っています!」
「またあの公女が原因か!」
ライオネルと部下のやりとりを聞き、リオーネの顔色が段々と悪くなっていく。
さきほど、駆けつけた家人たちは同じような思いをしたのだろうか、と考えてしまう。
それはつまり、愛する人や主人の死――。
「ライオネル! 大丈夫なの! ねえ、ライオネル?」
問いかけて数秒。
バタバタと騒がしい向こう側で、皇弟は数度の呼びかけのあとに応じてくれる。
「すまない、リオーネ。ミランダの後始末で厄介なことになりそうだ。だが、ラズには必ず行く。あちらで会おう」
「ええ、必ず。待っているわ」
「では、な」
「愛してる!」
プツっ、と通話が途切れる前のことだった。
ヴァンッ、と大気を切るような大きな音がした。
ライオネルが仮住まいにしている陣は大きな野営用のテントだ。
その生地がバリバリっと避ける音がした。
空気の塊が魔導具の向こう側から音とともにやってきたような錯覚を受け、リオーネは思わず魔導具を床に落としてしまう。
ウウウオ、とさらに重苦しく凶暴ななにかを孕んだ遠吠えがする。
そして――。
「殿下、殿下! 皇弟殿下――っ! 衛生兵!」
と……。
ライオネルをひどく物悲し気な声で誰かが呼び、辺りは部下たちだろう男性の悲鳴で溢れ。
魔道具はそれっきり何も吐き出さなくなった。
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