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第六話 彼の温もり
「あの、なぜ?」
「うん?」
「なぜ、あのような過去の辛いお話をしてくださったのですか?」
「ああ、それは――貴女が、僕を利用しようとしなかったから」
ライオネルは半分、冗談めかしてそういった。
無口で人間的な感情など持ち得ていないだろうと思っていた無機質な人形が、まるで人間のようなことをいうのだから、リオーネは面食らった。
――ああ、そういえばこのお方は人間なのだったわ。
そう思い出し、頭の中をめぐる奇妙な違和感を振り払うために、ふるふると頭を振った。
すると彼はリオーネの仕草が拒絶に見えたのか、さらに内面を曝け出して来たではないか。
「嘘じゃないんだ、本当なんだ」
「え、ええ?」
「本当のことだ。偽りなんて吐いていない。これまで僕の周りにいたのは誰もそう――兄上だって……これは不敬罪になってしまうが、僕を利用しようとする者ばかりだった」
「ライオネル様……それってどういう――?」
彼は悲しさがこみあげてきたのか、真摯な瞳でリオーネを見下ろしながらその目には哀愁が漂い始めている。
これだけの美丈夫、いや美青年というべきか。
彼がこんな潤んだ瞳で婦女子を見つめたら篭絡されない女はこの世にいないだろう、と感じたリオーネは心がどきりとなった。
しかし、これまで三人の夫を亡くしているリオーネは、色恋沙汰に興味を示さない。少なくとも表立っては。これから先の展開が美青年の悲しみを癒すためだけの会話となるのか、それとも自分を墜としにかかっているのか……。
――それはないわね、だって冷血皇弟様だもの。色恋の噂ひとつ聞かない、女嫌いとして有名だわ。
胸奥でまだ継続しているどきどきをひた隠しにしつつ、失礼の内容にライオネルを見上げる。こんなひたむきで熱い眼差しを注がれたのは、もう何年前のことだったか……。
「聖騎士でありながら、皇族である僕は神殿と帝室の橋渡し役でもある。誰もが僕を利用しようとしてこれまでさまざまな問題が生まれてきた。最愛にも、兄上がもみ消してくれているようだが……」
「つまり、わたしにはそれがなかった、と?」
「そうだ」と、ライオネルはうなづく。
「女神様すらも、殿下を利用していらっしゃると?」
リオーネはよくわからない、という顔をして見せた。女神が自分の騎士に力を与え戦わせるのは当たり前ではないか。特に王国には光の大精霊がいて、両者は神話の時代から犬猿の仲だとされている。
女神が力を貸し、ライオネルは勝利を続けてより名声を挙げる――となると、困るのは――。
「ラフィネ様は僕の願いは聞き入れてくださらない。いつも力を付与して知らん顔だ。この悲しみは理解してくれない」
「‥‥‥殿下が功績を挙げれば挙げるほど、兄である皇帝陛下との間にヒビが入るということですか? そして、それは帝室と神殿の力関係にも差が出てしまう、と?」
「そこまで言及するつもりはないが、話を戻そう。僕は人殺しだ。自分の意志でないところでそうして来た。それを悔やんでいる」
ああ、なんて哀れな人なんだろう。
潤ませた瞳からは、本当に悔しそうな顔をしながらうっすらと後悔の涙すら浮かべているではないか。
彼が本心から告白していることに気づき、リオーネはいてもたってもいられなくなってしまった。
年下で身分も上の戦神ライオネル。
なのにその中身はまだ成長しきれていない純真無垢な少年、そのものだ。
誰かが彼の想いを理解し、認めて差し上げなければならない。
つい、そんな思いに駆られてしまったリオーネは静かに席を立つと、ライオネルの側に立った。
「お、女伯爵!?」
「殿下は帝国の為に頑張っていらっしゃったのですね。その運命を受け入れていることを尊敬します」
ですから、もう悩まないで。
彼の頭を胸に抱きしめ、そうささやくとライオネルの瞳にあった迷いや悲しみが、一瞬だが薄らいだ。
ライオネルの手が、リオーネのきゃしゃな腰を抱く。
こういう雰囲気にあって進展させないのが、紳士というものだろう。
自分も愛を捧げたくてやったわけではなし――、と拒絶しようとしたものの、ライオネルは迷子だった子犬がようやく見つけてくれた母親に甘えるように頭を押し付けて来る。
――本当に子犬みたい、可愛い人。
つい母性本能をくすぐられて許していると、彼は一瞬だが動きを止めた。
「‥‥‥ライオネル様?」
「……リオーネの逞しさが必要だ。君がいてくれるならば、僕は呪われた運命に立ち向かえる気がする」
さきほどよりももっと近い距離。
少しだけ顔を近づければ唇が触れ合うような、そんな瞬間。
「どうか僕のそばで力を貸してほしい。君が必要だ、女伯爵……」
「わたくしの程度でお力になれるのでしたら……どうかリオーネ、と。殿下」
「なら、僕もライオネルと呼ばれるべきだろう?」
「本当ね」
互いに名乗り合い、親密な二人だけの世界が訪れる。
ライオネルはリオーネにそっと唇を寄せた。
もう二度と愛をしない、と誓ったはずの心が容易に彼を受け入れたことにリオーネは自分でも驚く。
羽が触れ合うように、それでいて深くもたられた最初の接吻。
リオーネは自分の体温が一気に上昇し、唇が触れ合うたびに夢の世界にいるような陶酔を帯び、熱い吐息を吐き出してしまう。
彼はリオーネの腰を掴んで宙に浮かせ、自分の膝上に座らせてしまう。
「リオーネがいてくれたら、僕はラフィネの運命ですらも――」
「変えるなんておこがましいわ。でも、貴方の悲しみは減らしてあげられるかもしれません」
「では、どうやって減らして貰えるのかな?」
「それは……こんな場所で話すことじゃないわ、ライオネル」
「でも、君は望んでいる」
腰から這い上がったライオネルの手が、ゆっくりと撫でるようにして胸元へとあがってくる。
リオーネはそれに抗えなかった。
この人なら自分の寂しさすらも埋めてくれるかもしれない。
そんな予感めいたものすら、感じてしまう。
両想い? それはまだ早いかも。
でも、ここで意思を通じるのは悪くないかも知れない。
リオーネは自分の奥めいた場所か静かに熱く脈打つのを感じていた。
「かもしれません。あなたを癒せるならいまはそれでいいわ」
「ありがとう、リオーネ」
まだ好きじゃない。でも捨てて置けない。
好きになって欲しい。そうあってくれたら、自分も三度死んだ運命すらも帰られれるかもしれない。
ドレスの胸元をずらし乳房を露わさせたライオネルが、その片方に柔らかくキスをふらせる。
それは花に舞う蝶のように優雅で、優美で、さらさらと流れるような快感を与えてくれる。
「ふあっ……だめっ」
呼吸が高まり、彼に知られないように聞かれないようにはしたない声を我慢する。
唇を噛みこみあげてくる快感の波に身をゆだねながら、感情が高ぶっていく。
すると、リオーネはなぜか物足りなさに気づいてしまう。
もっと、もっと、と無意識にライオネルを求めている。
最初はそれぞれの髪に触れ合うだけだったのに、彼の指先はリオーネの胸元を露出させ、その唇は乳首を吸い上げる。乳房を好きな形へと揉みしだく。
好きな者同士だと確認しあう前に、こめからみから頬、唇から首筋、喉から胸元へとリオーネの指先と唇もまた、彼を求めていた。
見た目よりも彫の深い、それでいて滑らかな男の顎の線。
硬くて短い銀髪は鋼のように思えるのに、思ったよりも柔らかくて実家の長毛種の愛犬を撫でているようだ。
「ふっ……、は……」
古傷が多い首元を撫でると、突然、自分にはないものが現れる。喉仏がリオーネの胸を吸うたびに隆起して、不思議だった。
リオーネもまけじとライオネルの耳を舐め、形の良いそれを軽く噛んで嫌がらせをする。
湧きあがる衝動を堪えきれないときには、彼の意地悪に対抗するように耳を噛み、ぎゅっと頭を抱えた。
――彼に求めらえるとこんなにうれしいなんて……すごい。
三度の結婚。そこで得た夫たちと身体を合わせてこんなよろこびを感じたことはなに。年下との背徳的な瞬間というものも作用しているのかもしれない。
だけど触れ合うごとにもっと彼を知りたい、気持ちをはっきりとさせたいという気持ちが募りだす。
膝上に乗っていたはずなのに、気づけば彼に秘孔をいじられ許している自分がいる。
はしたなく太ももを広げ、でも閉じようとして抗い、強い力に屈したようにみせかけて確かな想いを交わしたと求めてしまう。
「ぁ……ああっ」
ぐっとライオネルの先端がしっとりと濡れた部分を割って入ってくる。
「んっ、ん……ン。はっ、は、あ‥‥‥っ」
同時に彼の舌先がリオーネの歯列を割り、突き出されたリオーネの舌先を絡めとる。
「うっ、やっ、や……あ、ああっ」
夏の夜、じっとりと湿った離宮の一角で、リオーネは数年ぶりに快感の絶頂へと昇りつめた。
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