さよなら天使

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さよなら天使

 ま~た天使かあ。あ~、天使天使……。  ラブレターの文言に、彼女は退屈を感じていた。  理系男子はそれで稼ぐ気も無いので、まあよしとしよう。でも、文系はどうなのか。本気の文筆業志望者はいないのか。  凝った実例も、あったにはあった。  「君は片翼の天使、僕も片翼の天使。二人で抱き合ってこそ空を飛べる」。これには、正直感心した。が、検索すると、外国の作家の丸写しだとすぐに判った。ひとりで成層圏まで飛べるっつの! と思い直して、さっさとお断りをさせてもらった。  サッカー部のレギュラーだった同級生も、天使だと誉めながら告白してきた。語彙も芸も無いと思ったが、彼はスタイルもよくて気も合ったので、彼とは付き合ってみることにした。ただ、彼の顔は、言っては申し訳無いがサルみたいだった。彼は自宅でネコを飼っていて、ある日……彼の家族が不在のある日、そのネコをエサとして彼女を自宅に、自室に呼んだ。彼はベッドに座って、「ネコは飼い主のことを、どんくさい大きなネコだと思ってるんだって」という話をしたが、彼女には彼がせいぜい男前のサルにしか見えず、何とかその場をやり過ごした。結局、彼女は彼を見下していたのだ。その後彼女は、お互いに夢を実現することに専念しようだの何だの丁寧に言い訳して、ほどなく彼と別れたのだった。  彼女は、自身の価値を自覚していた。彼女は天使なのだった。もっといい表現があれば知りたかったが、周りも自身も見つけられていないので、やはり天使なのだった。  そして、そんなことを考えているぐらいだから、内面は天使ではないとも自覚していた。  ドラマや映画で女優を見ると、こんなレベルで出られるのか、自分も出られるのではないかと思うこともしばしばだった。  東京の大学に進学して、その後成り上がるつもりだった。  日本の津々浦々から集まる天使たちの頂上決戦に勝ってやる、という野心。自分以外の天使たちも、きっと抱いているはずだった。  大人社会の汚さに、身を投じる覚悟。彼女は、なるべく高く売りつけるつもりだった。        *  母親から回されてきた手紙は、「第二の成人式」と称する同窓会への誘いだった。第一を二十歳、第二を四十歳とするあれである。  差出人イコール幹事の名前は、懐かしい、サル顔の元カレのもの。  遠い昔からやってきたそれを検索すると、彼は地元の中堅企業で課長職に就いており、いっそう男前のサルみたいになっていた。とっくに奥さんも子どももいそうだったが、そこは判別できなかった。  彼女のほうは、都内のマンションで暮らしていた。依然と、スリムさにも小ぎれいさにも自信はあった。ただ、髪に白いものが混じってきているのも事実だった。  往復はがきは、近況報告を少々書き入れられた後、起動されたシュレッダーに差し込まれた。  そして、その書き入れられ切り刻まれた文言によるところの「どんくさい大きなネコ」はベッドに入って、しばらくすすり泣きした後眠りについた。 (了)
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