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珈琲とココア
「うん。好き」
間髪入れずに答えた、と思う。
ふ、と仄かな笑みを浮かべて、
おっちゃんは少しだけ珈琲をカップに入れ
あたしに渡した。
「無理しなくていい。飲めそうなら飲んでみろ。」
温かいカップを両手で包む。
薫りと湯気を胸いっぱい吸い込む。
充たされる。満たされる。
今日学校であった厭なことが、じわあ、と薄まる。
そっと、口に含む。
苦い、けど、ほの甘くて、少し酸っぱい、かも?
でも、
美味しい。
酸いも甘いも、っていうけど、ほろ苦くて
あ、人生ってこんな味なのかな?
「…どうだ?」
少し心配そうに訊くおっちゃんに、あたしはきっと満面の笑みであろう表情を向けたのだろう。
「すんごい、おいしい!」
「…そうか。よかったな。」
素っ気ない言葉と裏腹に、おっちゃんの顔は明らかにほっとしていた。
ブラックコーヒーが好きな小学校2年生女子爆誕の瞬間だった。
その時から珈琲があたしの人生に色んな影響を与えるのだけど
それはまた、別の話。
そんなあたしをみてびっくりしたのはおばちゃんだった。
「あら、無理しなくて良いのよ?今ココア淹れたげるから。」
おばちゃんの作るココアとチーズケーキは、控えめに言って絶品だった。
「お金、持ってきてないから」
「いいの、いいの。ちょっとだけ。」
カップの半分くらいのココアを、わざわざ作る方が手間だろうに、ニコニコしながら作ってくれた。
優しい味だ。
甘すぎず、柔らかく、コクがあるけどクドくない。
過干渉でも過保護でもない、本当に安心できる
愛情?みたいなものがあるとしたら
こんな味かもしれない、と思うようなココアだった。
その後のあたしの人生で
どうしようもなく淋しくなったときや
仲間内で誰かに寄り添いたいときにココアを淹れていたのは
これがきっかけかもしれない。
これもまた、別の話。
あたしの人生で出逢えてよかったと心から想う2つの味。
あたしが訪れるたびに、
「いいんだ、あいつは俺の珈琲が好きなんだ」
「女の子だもの、ココアも好きよ」
「あたし、どっちも大好きだよ?」
という、どうしようもなく幸せなやり取りをして
それをニヤニヤ見ているおじさんのお店でその後
本当に美味しいお酒とおでんとキンキの骨せんべいを知ることになるとは露知らず。
それも、また、別の話。
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