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カウンターとテーブル席が幾つか。
1フロアのなかには、色んな人が点在して
みんな、思い思いかつ別々の過ごし方をしていて
でも、同じ空間にいる。
あたしにとって衝撃的なほど不思議な景色だった。
一緒の場所にいるなら、同調しなくてはいけない世界しか
それが出来ないと、怒られるか、はぶかれる世界しか知らなかったあたしは
世の中には、その人がその人らしくしていてもいい場所がある、と生まれて初めて知ったのだ。
そして、それは。
あたしが人生をかけて仕事にしたいと思う
その人がその人であれる場所を提供したい
という
生きる目的の一つの原点になるのだけれど。
それはまた、別の話。
「座れ」
おじさんの声で我に返る。
キュッと少し緊張して、高いカウンター席に座る。
「ほら。そんな言い方なら怖がっちゃうから、もう。
大丈夫よ、ほんとは優しいの、このおじさん。」
明るく柔らかい声がして、ふと見上げると
優しげで可愛らしいおばさんがにこにこしていた。
「ずっとウチのこと気にしてくれてたでしょ?
嬉しかったのよ。子どもなのにこんな店を気にしてくれて。」
え?
おじさんの顔を見上げると、
しかめ面をして横を向いた。
おっちゃん、かわいい。
その時から おっちゃん と呼ぼう そう決めて、
あたしにとってちょっと いやかなり特別な人になったのだけれど。
それもまた、別の話。
それから、あたしは毎日のようにおっちゃんが珈琲を淹れるのを見詰め続けた。
カウンターの席に身を乗り出して座り、手元を見詰める。
ネルドリップフィルターをお湯から出して絞り、パンッパンッと音を立て、叩く。
ネルドリッパーを開いて挽いたばかりの珈琲豆を入れ、トントン、と叩く。
少しだけ沸かし直したお湯を細口のドリップポットに入れ、一度捨てる。
もう一度お湯を入れ、珈琲豆に注ぐ。
腕を回しながら、高く、低く。
細く糸のようなお湯が躍りながら珈琲豆に降り立つ。
黒く渇いていた粉は命を得たように膨らみ出す。
芳しい薫りを放ちながら、膨らむ、膨らむ。
信じられないくらい、ふわあ、と もこり、と。
これ、生きてる。
これは、魔法だろうか。
そう想うような、ひと時。
お湯に沈めてあったコーヒーカップを引き上げ、軽く拭いて、淹れた珈琲を注ぐ。
おっちゃんが珈琲を溢したのは終ぞ見たことが無い。
無造作に、でも慈しむように。
お客に届けるまでのクライマックス。
白い、分厚い、ちょっと四角い、なんの装飾もないコーヒーカップが、こんなに美しいモノだと、初めて知った。
その白さに対比した、黒のような琥珀のようなガーネットのような液体は、
薫りも、色も、纏う空気も含めて総てにおいて
やはり、魔法のようなモノだったのだ。
少なくとも、あたしにとっては。
ずっと見ていられた。
事実、ずっと見ていた。
それで帰りが遅くなり、親にごっつり叱られ、
その喫茶店は家族みんなの行きつけになるのだが。
それはまた、別の話。
あまりにも見詰め続けるヘンな少女に、おっちゃんが訊いた。
「珈琲、好きか?」
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