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声を聞かせて①
仕事を定時で終わらせて帰宅して、ご飯食べてお風呂に入ると、後は寝る時間までゆっくり過ごす。
いつもはTVを見たり本を読んだりするけど、今日は重要なミッションがあった。
ソファーの背に寄りかかりながら、スマホの画面をじーっとにらむ。
「将、まだ帰ってきてないのかな?」
僕が夕方に送ったメールも、まだ既読がつかない。将は忙しいから、そういうこともよくあるけど、ちょっと心配だ。
将っていうのは、一つ年上の、僕の恋人。
仕事の関係で地方に住んでて、もう三年くらい遠距離恋愛をしている。
のんびりしてる僕と違って、将はテキパキしてて、何でもそつなくこなせるし、しっかり者で頭も良い。
有名企業に新卒で入るくらい優秀なエリートで、イケメンでカッコいいし、僕の自慢の彼氏なんだ。
でも将は忙しいから、今は月に一度しかデートできない。けど、僕は将が大好きだから、それも我慢できる。
会えない時間が長いから、メールだけは毎日送ろうって思っていて、今日も送ったんだけど……。
「ボイスメッセージかぁ」
僕と将が使っているSNSのアプリは、文章やスタンプだけでなく、声まで送れるらしい。
将にリクエストされて、初めてそんな機能があることに気づいた。
「五十鈴の声、聞きたいからさ。ボイスメッセージ、送ってくれないか?」
そう頼まれて「いいよ!」と気軽に請け合ったものの、ちょっと後悔していた。
いざメッセージを吹きこもうとすると、何を話せば良いか分からないからだ。
「え、えっと~」
使うのも初めてなので、操作もモタモタしてしまう。
「この、マイクのボタンを押しながら、しゃべる……」
ピッとマイクを押すと、カウントが始まる。
急に始まって、焦った。
「あ、えっと!」
動揺した拍子にマイクから指が離れて、それが自動で送信されてしまう。
「あっ!! 送られちゃった!」
まさかこんな簡単に送信されるとは思わず、びっくりして画面を眺めた。音声の長さが「00:03」と表示されていて、間違って送ったのが丸わかりだ。
あわてて、「間違っちゃった」と顔文字付きでメッセージを送る。
「これ、ずっと押しとかないといけないんだ~」
よくよく見れば「押したまま」と書いてある。
「押しながら、しゃべる……」
間違えないように口に出しながら、もう一度、マイクボタンを指で押した。
「こ、これでいいかな? んーと、あ、将? 五十鈴です。えっと……何しゃべるんだっけ?」
始めたのはいいが、話す内容がまとまってない。
画面の数字がカウントアップされていくのを見て、焦ってきた。
「しょ、将は、……もう、ご飯食べた? あ、まだか。僕は食べたよ!」
しゃべっても、相手の返事がないので、どう続けて良いか分からなくなる。
「えっと、えっと……ちゃんと、休んでね? またメールするからっ」
耐えきれず、そこで指を離してしまった。
ポンッとすぐに音声が送られる。
だけど、三十秒にも満たない、短い音声だ。
「これで良かったかなぁ?」
動揺してうまくしゃべれなかったけど、初めてだから許してほしい。
スマホの画面を閉じて、リビングテーブルにおく。
とりあえず、ミッションをクリアしたので、緊張がとけてホッとした。
「クロシェット」
ソファーに座っている、お座りクロシェットのぬいぐるみを腕に抱いた。
つぶらな瞳で、ニコニコしながら見つめてくる。
「あ、クロシェットも、将とおしゃべりしたかった?」
頭を撫でると、リンリンと鈴が鳴る。
今度は、クロシェットの鈴も聞いてもらおうかな。
一人だと緊張するけど、クロシェットが一緒なら大丈夫かも。
そう思ったら、少し気が楽になった。
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