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翻訳者として
ー大変です! テディの入れられた箱は、咲ちゃんの待つ空港ではなく、違う空港に行く便に載せられてしまいました!!
そして、テディが着いたのは、暑い暑い国でしたー
ーその空港の職員が、箱を開けてテディを抱き上げました。
間違った荷物が届いたと言う連絡を本社にすると、テディが迷子のぬいぐるみだとわかりましたしたー
『……Teddy Is A Lost Stuffed Bear ……』
「え? 日本の絵本を英語に翻訳する仕事?」
「そうなんだ。その翻訳者を探してて……花鈴、大学は英児童文学専攻だろ? できれば、……この話受けて欲しいんだ」
「天羽君? でも、なんで私?」
「俺が勤める会社、これから世界にも日本の絵本を出したいって! やる気あるんだ!! でもまだ小さい会社でさ。知り合いに片っ端から声をかけている状況で……花鈴が引き受けてくれたらすごく助かる! 今の海外を知っている翻訳者が欲しくて……どうかな?」
花鈴は少しだけ考えた。結婚の話が流れたのは三ヶ月前。予定していたスケジュールは全て白紙になり、やるべきことは職探しぐらい。その仕事は向こうから転がってきた。
「うん。そういうことなら引き受けるよ」
花鈴は少し考えて、それでも即答した。帰る前は外国の出版社に在籍していたし、その経験が活かせるなら、これ以上望めないオファーだった。
「本当か? ありがとう! 花鈴!!」
敏は顔をくしゃっとさせて笑った。
「訳す絵本は決まってるの?」
「ああ。これなんだけど……」
そう言って取り出したのは『咲と迷子のテディ』だった。
ー咲ちゃんの待つ国に行く飛行機は、その空港からは一週間に一つしかありません。
空港の職員はテディがお家に帰るまでの間、その空港を探検できるようにしました。
咲ちゃんにお話する冒険の話を増やしてあげたくてー
『……She Hoped Teddy Would Get A More Exciting Story To Tell Blossom……』
「天羽君。『咲と迷子のテディ』を英訳してみたのがこれ。まずは叩き台で、どうかな?」
「ふんふん。ああ、咲の名前、ブロッサムに変えたんだ」
「うん。英語圏の子にも親しみやすいようにって思ったんだけど」
「うーん。思うんだけど、この本は……読んだ子が日本に触れる最初なのかもしれないから、名前はSAKUのままでいいんじゃないかな?」
「そう……? 確かに、それは考えてなかった……でも、いいね!!」
「だろ?」
「うん。じゃあそうするね!!」
「よろしく頼むよ」
そう言って、敏はまた顔をくしゃっとさせて笑った。花鈴もその笑顔につられて笑った。
それから何度も繰り返された『咲と迷子のテディ』打ち合わせは全て和やかなまま過ぎ、花鈴は男性に対する恐怖感が敏には発現しないなと思えてきた。
戒路のことがあってから花鈴は男性に対して身構えることが多くなったけれど、敏のことはなぜか信用できた。
「でもさ、天羽君が英語に関係する仕事に就くって意外だったな。高校は別々の進路だったからよく知らないけど、中学校の時、そこまで英語が得意だったっけ?」
「いや……えーっと大学に入ってから頑張ったんだ。俺、経済学部だったから英語の資料とか読み込まなくちゃいけなくて……そ、それに……」
「それに?」
「花鈴が大学、海外に留学したって聞いて……花鈴は世界で活躍するんだろうなって思ったら……俺も負けたくなかった」
「え?」
「俺! 花鈴に追いつきたかったんだ!」
そう言った敏に、花鈴は思わず笑みがこぼれた。
ーテディはとうとう、咲ちゃんの待つ空港に向かう飛行機に乗りました。もう少しで咲ちゃんのところに帰れるのです!ー
『……At Long Last. Teddy Can Go Home Where SAKU Is Waiting ……』
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