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井手は素直にわたしの言葉に従って、シートに身を沈めて目を眇めている。心なしかそれだけで緊張もいくらか緩んだようで、呼吸もゆっくりと落ち着いたものになってきたようだ。
わたしはそれでよしと頷いて、その横顔を斜に眺め見る。男にしては色白で、彫りが深く整った顔立ちをしている。どちらかといえば女顔で、腕や胴回りもまだまだ華奢なこともあって、いざとなれば女装もできそうだ。
ただ相棒としては、いささか頼りないとも言えた。今後もバディを組むことになるのであれば、折を見てみっちりしごいておく必要もありそうだ。とはいえ、それはおいおいでいい。
「ともかく、あまり気負いすぎないことね。それで胃をやられたやつが何人もいるって聞くわよ。もっとリラックスしなさい」
「はい……でもさすがに、能島さんはリラックスしすぎじゃないっすかね」
「わたしが。別に普通でしょ」
「いえ……そりゃあみなさんそれぞれですけど、張り込み中にスマホで乙女ゲーやってる人は初めてっす」
また意外なことに驚かれたものだ。これでも音は切っているし、気が散るようなことでもないはずなのだが。
「人の気晴らしに文句をつけるな。あんたはあんたで、ストレスを散らす方法を見つけるといいわよ」
「ええ……はい。でも、大丈夫なんすか。夜なのに明るい画面なんか見ていて……」
そこまで聞いて、こいつが何を気にしているかがわかった。なるほど、これは警察学校で教えられることではないかもしれない。わたしも、実地で仕事をしながら気付いたことだ。
「……井手」
「はい、何で……うわぅ!」
わたしはひと声かけてやり、こちらを見たところで明るさを通常に戻したスマホの画面を向けてやる。井手は慌てて手で顔を覆い、ぱちくりと瞼を瞬かせた。
「あまり目を闇に慣らしすぎないこと。瞳孔が開き切ってると、こんな風にスマホの画面程度で目を眩まされるわよ」
つまり、突発事態に対処できない。もしもマル対が本気で何か行動を起こそうとすれば、カメラのフラッシュでも使うだけでこちらを数秒間無力化できてしまう。
「あんたも定期的に自分のスマホでも見たりして、目を明るさにも慣らしておくといいわ」
「……わかりました」
井手は涙まで滲んだ目を瞬かせながら、また前を向いた。
「まあ、だとしても何で乙女ゲーっすか。そういうの好きなんすか。ちょっと意外っす」
「あんただってゲーム好きでしょう。そんな名前してるし」
「名前のことは言わないでください。これは両親の趣味っす」
適当に言ってみただけだったのだが、どうやら万里生という名前の由来は本当にゲームからだったらしい。
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