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 そして半年前。足立区大谷田の公務員宿舎近くの路上で起きた刺殺事件。深夜に背後からナイフでひと突きされて亡くなったのは、地元選出の都議会議員の秘書だった。  警察OBでもある件の議員は威勢の良い発言でタカ派の論客として知られ、左翼過激派などから殺害予告などもされていたこともあり、事件は政治的テロの可能性もあると判断した警視庁は、数百人規模の大規模捜査態勢を敷いた。その合同捜査本部は現場のある辰沼署に設置され、わが強行犯係からも捜査員が派遣された。そして、そのうちのひとりがわたしだった。  世間の注目の集まる大事件。本庁や各所轄署から集まった、数百人規模の合同捜査。いずれも初めての経験だったが、決して気後れもしていなかった。むしろ管内で起こった事件である以上、わたしたち辰沼署の力で事件を解決に導くのが当然だと意気込んでいた。  確かに捜査は難航し、半年を経てもまだ犯人の目星はついていなかった。けれども、間違いなく進展はしていた。半年の捜査で左翼系過激派犯行の線は完全に消え、代わって都が計画している新規火葬場の用地取得をめぐるトラブルの線が浮上してきていた。とはいえそれで捜査態勢が縮小されることもなく、むしろ背後に広域指定暴力団の影もちらつきはじめたため、組織犯罪対策課からも捜査員が増員され、捜査本部はますます拡大していった。  その矢先であった。わたしが合同捜査本部から外されたのは。  ヘマをした覚えはなかった。いやむしろ、被害者と大手ゼネコン、そして火葬場予定地の地主との金銭トラブルを嗅ぎ付けたのはわたしたち辰沼署強行犯係の功績だったし、端緒となる証言を取ってきたのは他でもないわたしだ。  他にも現場周辺の地理に明るい強みを生かして、犯人の逃走経路を確定させる数々の目撃証言も集めてきていた。それらは捜査会議で何度も取り上げられ、わたしたち辰沼署は本部において無視できない存在感を放っていたはずだった。  それなのに、外された。代わって入ったのは同じ強行犯係の同僚で、辰沼署の負担が考慮されたわけではないこともそれでわかる。このとき人員の入れ替えがあったのはわたしひとりで、捜査態勢の再編というわけでもない。つまり、わたしだけが狙い撃ちで交代させられたのだ。  いったいなぜ。誰がこんな指示をした。それとなく係長に探りを入れてみても、まったく見当もつかないようだった。もちろん警察とは巨大な組織であり、組織には個人を超越した論理と倫理があり、歯車のひとつにすぎないわたしたちは理不尽も黙って飲み込まなければならないものだとわかっている。それでもどうしてわたしが、という疑問は胸の中で渦巻いていた。
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