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 それでもそうした疑問は押し隠し、わたしは日々の務めに戻った。所轄での捜査だって、警察官として大事な役目である。同僚たちも経緯を知っていながらおくびにも出さず、以前と変わらぬ調子でわたしに接してくれた。けれどもときおり、ふとした拍子にぎこちなさが顔を出す。 「そら、気を遣われるよなぁ……」  逆の立場であれば、わたしだってそうする。どんなに綺麗事を並べたところで、広域捜査の合同本部が所轄の刑事にとって晴れ舞台であることに変わりはない。誰もが憧れ、そこで成果を上げて本庁への階段を上ることを夢見ている。そこからいきなり外されれば凹むのが当たり前だ。  もちろん代わりに抜擢された同僚だって優秀で、もしかしたらわたしよりも先にチャンスが与えられるべき刑事かもしれなかった。だから不満を持つのも、もしかしたらおこがましいことなのかもしれない。けれどやはりこの交代のタイミングがどうにも不自然で、どうしてと疑問を覚えてしまうのだ。  とは言え……と、わたしは頭を切り替える。 「……今は、目の前の仕事に集中しないとね」  こればかりは、今どれだけ頭を悩ませたところで答えなど出ない。それにどんな事情があろうとも、目の前の仕事を疎かにしていい理由にもならない。  わたしは心を落ち着け、足音を殺しながら、マル対のアパートの斜向かいにあるはずの駐車場に向かった。むろん、マル対が所有している車はすでに判明している。しかし相手が確かにその車に乗り込んだか、確認はしないといけない。ことによっては何者かが他の車で待っていて、マル対を乗せることだってあり得るからだ。  駐車場の出入り口を窺える物陰に身を潜め、車が出てくるのを待つ。マル対の車は年季の入った軽ワゴンだが、別の車が出てきても助手席を覗き込める位置だ。しかし数分待っても、まったく動きはなかった。エンジンをかけた音も聞こえてこない。  まあ、今日だってここまで十時間近く待ってきたのだ。数分程度で焦れることもなかったが、何かマル対の身に異変でもあったならコトだ。  わたしは静かに物陰を出て、駐車場の奥まで覗き込める位置に移動する。軽ワゴンは確かに、奥の右側に駐められていた。ライトは点っていなかったが、運転席にはぼんやりと人影が見える。  さてどうする、と自問する。出発前に車内で一服でもしてるだけならいいが、何かの原因で意識でも失っているのだとしたら。資料ではマル対は糖尿病と肝硬変の病歴があった。また張り込みが付いていることはおそらく気付いており、そのストレスが身体を蝕んでいるであろうことも容易に想像できる。それが今、限界に達したとしても不思議はない。
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