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翌朝はマリーも仕事を抜けられなかったようで、前のようにひとりで部屋を出て中庭を走った。賊の残党狩りはまだ続いているらしく、屋敷の警備も依然として厳重だった。
それでもどんな厳しい警備にも死角はあるもので、目星をつけていた脱出ポイントのひとつは完全に無人となっていた。わたしはまた素早く脚立を顕現させ、塀を越えて外へ出る。何度も繰り返しているだけに、もうすっかり手馴れたものだった。
そうしてランニングを再開し、ペースを保ちながらルヴァン商会に向かった。殺人現場となった倉庫には、朝から人の姿があった。けれどいたのはオハラの部下たちではなかった。おそらくは商会の従業員たちだろう。事件も解決したので、早くも営業を再開したのか。
これでは現場もすでに片付けられているだろう。もう一度見せてもらったところで、何も残ってはいないはずだ。わたしは小さく落胆のため息をついて、倉庫の裏手に向かった。するとそこには、見知った男がひとり立っていた。
「これは……ヴァイオレットお嬢さまでしょうか?」
ワッツ魔検士だった。今日はいつもの法衣姿ではなく、くすんだベージュのシャツに黒のスラックスという普通の服装である。そんな出で立ちではどこかの商家の下働きかと見間違いそうで、すぐに彼とは気付かなかった。
しかしそれはこちらも同じだろう。この姿で彼に会うのも、確か初めてだった。けれどわたしがこの作業着姿で出歩いていることは、オハラから聞いているはずだ。
「御機嫌よう、ワッツ魔術検査士。今日はお仕事じゃないのかしら」
「ええ、隊のみなは賊の残党狩りに出ていますが、私はそういうことには役に立てないので」
彼はそう苦笑して頭を掻いた。確かにその体格は華奢で、荒事には向かないだろう。けれど賊が魔術を使って身を隠している可能性だってあるだろうに。場合によっては、彼の能力が必要にもなろう。
「それと、私のことは気軽にエドガーとお呼びください。あるいはエディとでも。まだまだ駆け出しで、一人前に魔検士を名乗れる立場でもないので」
「わかったわ、エドガー。わたしのこともビビでいいわよ」
ヴァイオレットの愛称は『ビビ』だったはずだ。きっとこの身体の本来の持ち主であるヴァイオレット嬢も、親しい友人や家族からはそう呼ばれているだろう。
「いえ……さすがにそういうわけには」
「そう、残念ね。あんまりかしこまられても、落ち着かないのよね。オハラ隊長だって、平気でクソガキとか言ってくれてたときのほうが接しやすかったわ」
彼はどう答えたものかと迷うように「ははは……」と笑い、話題を変えてきた。
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