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「ところで、お嬢さまはこちらで何を?」  そう訊かれて、こちらも困った。今更ここにきてみても、何もできることもないだろうとわかっていたからだ。それでも、来ずにはいられなかった。 「たぶん、あなたと同じ理由だと思うけど」  けれどその返事で彼も納得したのか、「……そうですか」と頷いた。それで、わたしもやはりかと察する。オハラもそのために彼を捜索から外したのだ。 「あの事件、まだ納得していないのね」 「それはお嬢さまも同じでしょう。きっと隊のみんなも……隊長だって同じです」  その言葉には、わたしもわかってると伝えるように頷き返す。すると彼は少しほっとしたように表情を崩し、目を倉庫の裏手に向けた。 「それで、ここで何か見つかった?」 「いえ、特には何も。少なくとも、このあたりで最近大きな魔術が使われた痕跡はありません。路面にはいくつか魔紋が残っていますが、事件とは無関係でしょう」 「あの小窓のあたりにも?」  わたしはあの少年が出入りした例の小窓を指差した。いちおう清掃はしたのだろうが、彼が通った際に付着した血液がまだわずかに残っている。  ワッツはその真下に移動して、目を細めながら小窓のあたりを凝視する。眉間に深く皺を寄せ、まるで痛みに耐えるかのような表情だ。 「どうでしょう……何もないようですが」 「そう。やっぱりね」  つまりあの少年の超人的な身のこなしは魔術でも何でもなく、純粋に身体能力ということだ。もちろんだからと言って誰にでもできるはずもなく、犯人も同じことをしたとは考えられない。  わたしは小さくため息をついて、近くに積まれていた丸太の上に腰を下ろした。番線で何箇所も固定されているので、座ったところで崩れはしないだろう。  何かせずにはいられなくて、とりあえずここに来てはみたものの、案の定収穫はなさそうだった。それも仕方ない。 「ところで、被害者が犯人の言う通り『ウォレン兄弟(ブラザース)』とかいうグループのメンバーだったことは確認取れたの?」  わたしがそう話題を変えると、ワッツは戸惑うようにこちらに顔を向け、目を瞬かせた。 「もし言えないことなら言わなくてもいいけど」 「あ……いえ。それはどうせ騎士団のほうから発表することですので」  彼はそう頷いて、わたしの問いに答えてきた。 「それはどうやら間違いないようです。被害者の名前はアレクシス・ゴードン。腕には奴隷送りの際に彫られた刺青がありました。しらべてみると、八年前に荷馬車強盗の罪で捕らえられ、四年の強制労働を課せられた記録があります。同時に捕らえられた者たちも『ウォレン兄弟』のメンバーたちでした」 「なるほど……で、その『ウォレン兄弟』ってグループはどんなやつらなの?」 「この町の城壁の外、北の山の中に根城を築いてるならず者の集団です。元は食い詰めた軍人崩れの集団でしたが、その後は近隣の町や村から追い出された前科者などを取り込んで、今では百人を超える集団になっているとも聞きます。傘下のグループも加えるとその倍にもなるとか」  どうやらなかなか大規模な犯罪集団のようだ。街の外ではそんな連中が闊歩しているのでは、そりゃあしっかりとした城壁も必要だろう。元軍人なら荒事も得意で、目的のためなら人殺しも辞さないであろう。
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