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どうする、どうする。すでにマル対が駐車場に入って十分が経った。運転席の人影は動かない。見ようによっては、背中を丸めてハンドルに突っ伏しているかのようにも見える。確かにここで出て行ってしまえば、長い張り込みも水の泡だ。しかしマル対にもしものことがあれば、捜査自体が大きく後退してしまう。
「……行くか」
逡巡ののち、わたしはそう決断した。一度井手の車に戻って、本部の指示を仰ぐことも考えたが、その時間が命取りになることだってあり得る。
同じように足音を殺しながら、駐車場へと入っていく。そうして軽ワゴンの運転席側へと回り込み、中を窺った。運転席の男は、やはりハンドルにもたれかかるようにして突っ伏していた。軽く窓を叩いてみたが、反応はない。
運転席のドアレバーに手をかけると、ロックもされていなかったようで簡単に開いた。わたしは男の肩に触れ、軽く揺すってみる。
「大丈夫ですか?」
肩に触れたとき、男がわずかに身体を震わせているのがわかった。もしかしたらまだ、意識はあるのかもしれない。
「聞こえますか。救急車をお呼びしたほうがよろしいですか?」
ドアを大開きにして、男のすぐ横まで身を寄せた。そこまで近付けば、苦しげな激しい息遣いもわかった。身体の震えも、見てわかるくらいまで大きくなっていた。
「もし……」
そしてそう言いかけたとき、男の腹の下で何かが爆ぜるように光った。わずかに遅れて、ぱんっという破裂音。何も感じなかった。ただ自分の身体が後方へと弾き飛ばされ、反対側の車に背中を叩きつけたのだけがわかった。
撃たれた、ということを理解するまで、しばしの時間がかかった。それでも視界が横倒しになり、脇腹からじわじわと広がりだした熱が、やがて耐え難いほどのものになるにつれ、自分の状況を把握した。とにかくまず、立ち上がらなくては。そうは思ったが、身体にまったく力が入らなかった。
「悪く思うなよ、悪く思うなよ、悪く思うな……」
ぶつぶつとそうつぶやき続ける声が聞こえた。
「仕方がなかったんだ。悪く思うなよ。こうでもしねぇと、女房も、ガキどもも……そのためには、こうするしかなかったんだ。仕方なかったんだよ……」
おそらくはマル対の声だろう。くぐもって聞き取れるかどうかわからないくらいのつぶやきだった。誰に言うでもなく、まるで自分への言い訳のように。
「仕方なかったんだ。だから……悪く思うなよ。俺だってこんなこと……」
それはどういうことだ。この男は何を言っている?
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