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誰かに脅されて、命じられて。ただ闇雲に近付いてきた警官を撃ったわけじゃなく、わたしを狙って。
「こんなこと、したくてするわけないだろうが……仕方なかったんだよ。俺は悪くない……」
男が車から降りてきたのがわかった。それでもすぐにこの場を立ち去ろうとはしない。依然としてぶつぶつと誰に言うでもない繰り言を続けている。おそらくはわたしが死んだかどうか、確かめているのだろう。
細く開けたまぶたの間から、薄汚れた靴が見えた。落ち着かなげにその場で小刻みな足踏みをしている。わたしはその足に手を伸ばし、ようやく届いた指が安い生地のスラックスを掴んだ。
「どういう、こと……」
とても自分のものとは思えないかすれ声で、わたしは尋ねる。
「どうして……わたしを。誰が……?」
男がひいっと小さく叫んで、飛び退くように後ずさった。しかしその足をもつれさせ、二メートルほど離れたところに尻もちをつく。
「ち、ち、違うんだっ……仕方ないんだ。仕方なかったんだよっ!」
引きつった声で、男はさっきまでつぶやいていたのと同じ言葉を繰り返す。それはわかったっての。
「そんなことは、いい。答えなさい……誰なの」
あたりは暗く、視界もぼやけていたが、男がこちらにまだ銃口を向けているのが辛うじて見えた。しかしそんなことはどうでもいい。
「ひっ……ひ、ひひっ」
「言いなさいっ!」
「しかっ、仕方っ、なか……」
男はそれでも、まだ同じ文句を繰り返そうとした。しかしその繰り言は、再びの破裂音に遮られた。男の身体が弾かれたように仰け反り、やがて力なく倒れ伏す。
誰かがやって来たのだ。前の銃声を聞いて、井手が駆け付けてくれたのだろうか。しかし呼びかけてくる声も聞こえず、こちらに近づいてくる様子もない。
では、いったい誰が。とは思っても、もうそちらに目を向けることもできなかった。なぜだかひどく眠かった。先ほどまでの脇腹の熱さも、いつの間にか感じなくなっていた。
だめだ、まだ眠ってしまうわけには。
そうは思っても、どうやら抗えそうにもなかった。もう声を出すこともできない。何も見えない。眠い。
ぱん、という銃声がもう一度。ずいぶんと遠くから聞こえた。自分の身体が跳ねるように震えるのだけがわかった。痛みはなかった。もう何も感じない。
覚えているのは、そこまでだ。
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