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行きたくないと駄々をこねて、泣きわめき、熱まで出し、胃液を吐き散らす羽目になるとは、父親である天城は、予想をはるかに超えた現実を目の当たりにする状況から、どう逃げようかと思案するばかりの日々を送る羽目になってしまった。育児休暇を取得しているとはいえ、まともに接していなかったせいで、健壱は天城になつく気配すらない。
登園してくれれば少しは気がまぎれるものの、行きたがらないゆえに、天城の視界には常に健壱が泣いていたり、歌っていたりする様子がありありと入ってくる。
これだけは、どうしようもない。
はやばやと天城は登園させることを諦め、しばらく休むことを保育園に伝えた。保育園側も「他の園児たちに影響がありますので、どうかご両親で話し合い、健壱くんを見守ってください」と、回答をくれた。
心配な園児がひとり減るなら、こちら側もありがたいと言いたげな、優しくも突き放された内容に、天城はひとり、疎外された気持ちを抱えていると同時に、一日に何度歌うのかと、同じ歌をくちずさむ健壱の様子は矛盾していて、理解に苦しんだ。
なぜあの歌だけはすらすらと、流暢に歌えるのだろうか。
保育園でも、習うはずがない。
あの歌は、天城が生まれ育った、もとい天城が「生まれた家」でしか、伝わっていないのだから。
暇さえあれば歌うあの歌を、天城は幼いころに聴いただけで、大人になった今ではすっかりうろ覚えであったが、健壱のせいで思い出してしまった。
歌詞が脳裏へうかぶたびに、自分よりも健壱は「優れている」のではないかという、不安も頭をもたげてくる。
不安になればなるほど、健壱を疎ましく感じてしまう。
やはり、育児休暇を逃げ道にした方法は失敗だったのだろうか。
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