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「……よかったぁ……」
武田くんはそう言って両手で顔を覆った。安堵の色を纏った響きに、やっぱり誤解させてしまっていたんだと申し訳なくなる。
「俺……嫌われたかと、思って……」
「うん……、誤解させちゃってごめんね」
「相良くんはなにも悪くないんだよ。悪いのは、全部俺なんだ、俺が、相良くんが優しいのをいいことにつけこんだのが悪いんだ」
「つ、つけこむって、なに⁉」
なんだか話が全く見えない方向にいっている気がする。
「そんな、つけこまれた覚えはないよ?」と否定するも、武田くんは「つけこんでた」と譲らない。
「相良くんは優しいから、俺のアプローチもなんだかんだで受け入れてくれるだろうって、打算で攻めてた」
両手に顔を埋めたまま、武田くんは続ける。
「だけど、あの日避けられたのが、すごくショックで……いや、自業自得なんだけど、とにかく自分で思ってたよりショックが大きくて……。これでもし、嫌われた上に面と向かってふられたら、ちょっと立ち直れないかもしれない、って思って……」
それで告白をなしにして、避けることにしたのだと武田くんは説明してくれた。
「そっかぁ……」
今度は僕が安心する番になった。
「よかった……僕、嫌われたんじゃなかったんだね……」
一気に体から力が抜けて、背もたれに寄りかかる。
ふーっと息を吐くと、今の今まで体を支配していた緊張が口から出ていくようだった。
「俺が相良くんを嫌いになるわけないじゃん……。今だってこんなに好きなのに」
甘い響きを伴ったその声に、ドキリとして武田くんを見ると、彼はようやく手から顔をあげてこちらを見つめていた。
ちょっと憂いを帯びた表情が、なんとも色っぽくて、息を呑む。
「正直、このまま避けて、フェードアウトしちゃおうかなって考えも頭に浮かんだんだ」
「そ、そんな……」
寂しいこと、言わないで欲しい。
自分勝手にもそう思ってしまう。
「だけど、無理だった。会わなくても、気がつけば相良くんのことばっか考えてるんだ」
僕も、同じだ……。
もうずっと、武田くんで頭がいっぱいだった。
「今も、好きなままだよ」
「……っ」
まっすぐに見つめられながら言われて、胸を撃ち抜かれた。
「困らせてごめんね。でも、今日会いに来てくれてめちゃくちゃ嬉しかった」
「ぼ、僕の方こそ、突然来たのにこうして時間を取ってくれて、ありがとう。あ、それと、さっき声かけてきた子との間に割って入って邪魔してごめんなさい……」
告白を阻止してしまったことは、本当に申し訳なかったなと思う。
「武田くんがさっきの子に告白されて、もしOKしちゃったらどうしようって考えたら、居ても立っても居られなかった」
さっき感じた気持ちを、僕は一つひとつ確かめるように言葉にしていく。それはすごく恥ずかしくて、僕はゆっくりと視線を足元に移動させた。
「武田くんがいつもくれる優しさとか、かっこいいだけじゃない笑顔が、僕じゃない誰かに向けられるんだって思ったら、胸がむかむかして……」
言っていて、また胸にあのときの黒い感情がもくもくと湧いてきて、その正体を確認するように胸に手を当てた。
「上手く言えないけど、こう、どろどろした気持ちっていうか……、とにかく、初めて感じる気持ちになって、気付いたら武田くんのこと引っ張ってた」
とにかくあの時は、この場から……あの子から武田くんを引き離したい一心だった。
「さ、相良くん……そ、それって――」
武田くんの視線が、僕の横顔に注がれているのを感じながら、僕は首肯した。
「――これが、焼きもちなんだよね、きっと……」
僕は、武田くんの腕を引っ張って駅に着くまでの間に自分の気持ちに気付いていた。
もっと言うと、今日、バイト先で武田くんの顔を見た瞬間、友だちには感じたことのないような胸の苦しみに気付いた。
心臓を大きな手で握りしめられたように胸がぎゅうって苦しくなって、切なくなって、泣きそうになった。
千紘と喧嘩した時の気持ちとは全くの別ものだ。
そして、それを裏付けるかのように、告白されそうになる武田くんを見て感じた「よくない気持ち」。それが、焼きもち――嫉妬心だという答えにたどり着くのに時間はかからなかった。
顔を見れば、自分の気持ちが分かるかもしれないって、千紘が言っていた通りだった。
「ぼ、僕も、武田くんのことが……」
好き。
たった二文字が言えない。
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