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「えっ……何が起きたの?」
顎まで布団を引き被ったまま、こわごわ尋ねるアリスに、〝彼〟はそっと笑いかける。
「詳しいことは、今では何も伝わっていない。ただ、一夜にして大陸そのものが消え去ったことは確かだ」
「それって……やっぱり、神罰?」
「……かもしれないね。きっと神様を怒らせちゃったんだよ」
そして〝彼〟はベッドの縁から立ち上がると、最後にもう一度、アリスのふくよかな頬をひと撫でする。子供らしいふくふくとした感触に、〝彼〟はふっ、と目を細めた。
「最後の天使さまは、じゃあどうなったの?」
不意打ちめいた幼子の問いに、〝彼〟はほんの一瞬戸惑い、しかし、すぐに微笑を繕い直す。
「さぁ。今もどこかで生きているのかもしれないね」
〝彼〟はアリスの寝室を出ると、職員に割り当てられた部屋に向かう。
ここは、何らかの事情で親の庇護を受けられない子供たちを収容し育てる施設で、〝彼〟はこの施設で、住み込みの職員として働いている。ただ、長くとも十年は務まらない。老いることを知らない〝彼〟の身体は、時間が経つほど周囲に違和感を与えてしまうからだ。
ようやく部屋に戻ると、〝彼〟は上着と肌着を脱ぎ捨てる。うっかり破いてしまわないように。
「……ふう」
脱力を示す溜息が〝彼〟の肺から漏れるやいなや、力を矯めこんだバネのようにそれは空を衝く。
肩甲骨を基点に、二メートルはあろうかという一枚の銀の刃。金属のようでもありガラスのようでもある、何にせよ硬質で幾何学的なそれは、全体の形状的には鳥の翼を思わせる。
事実、それは羽根だった。
空を舞い、天上の神に地上の様子を報告する御使いの証。〝彼〟こそは、先ほどの昔話に登場した天使の唯一の生き残りーーその本人なのだった。
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