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 その広い胸板に、伝わる体温に、制服についたほんの少しの燻した草のようなナッツのような匂いに、それに混じったほんの少しの人工的な匂いに、それらをまとめ上げる彼自身から溢れる体臭に、雅人の体から力が抜ける。  愛されている匂いだ。  自分にだけ向けられる、安心の気配だ。  それを無条件に与えられて、ずっと、こうしていたくなる。  でも、それを与えられる理由が雅人にはわからない。勝巳はもともと選ばれた権天使だ。今は雅人の側に居てくれても、いずれは彼の居るべき高みへ戻ってしまうに決まっている。その不安が信仰へわが身を投げ渡したい衝動を押しとどめる。 「先輩は、からかってるだけです。きっと……きっと飽きます。卒業して、就職して、社会に出たら僕の事なんかどうでもよくなりますよ、きっと。若気の至り、って奴です。大人になるまでの暇つぶしです。それに僕の人生が振り回されるのは、嫌です」 「さあ、どうかなぁ」  勝巳の声は唄うようでもあり、棒読みの台詞のようでもあった。 「遊びだったって忘れるのかな。それとも、悲劇の王子様になって無理心中でもしてみようか」  低く、ゆっくりと、静かに、凄みを帯びた声で勝巳が告げた言葉に雅人は何も言えずに大きく目を見開いて顔を上げる。  雅人の目に入った勝巳の顔は全くの無表情で、それが内に飲み込んだ感情の嵐の激しさを感じさせた。生物の雄が本能的に見せる怖さを感じて、雅人の背筋に冷たい気配が走った。 「どっちだと思う?」
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