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「なぁ、お前ってさ。サブスクとかやってねぇの?」 「……え?」 俺はワイヤレスイヤホンを片方外しながら、前の席の男子生徒、嶋屋春哉(しまやはるや)に話しかけた。 すると嶋屋は少し驚いた様子でゆっくりこちらを振り向いた。 「えっと……ごめん。サブーーーなに?」 「サブスク。ドラマとか映画が見放題のやつとか、本の読み放題のやつとか」 「……?」 「あー。えっと、その。それさ。お前、いつも活字びっしりの本?読んでるから」 問いの意味がわからないのか、嶋屋は俺が指差した先にある手元の本を見つめながら眉を潜めている。 『この本が、なにか?』みたいな顔をされたので、俺はふと笑いながら席に着いた。 「デジタル全盛期の時代に随分古風なことしてんなって、実はずっと思ってた」 「古風……」 「俺の周りの奴は、皆大体アプリとかで漫画読んでるからさ。あ、勿論俺も。映画も漫画も全部スマホ(これ)」 俺が自分のスマホを軽く指で叩くと、嶋屋は口元を緩めながら目を細めた。 「ーーそういう意味なら確かに。僕は時代遅れかも」 「やり方わからないなら、教えてやろうか?」 「いや、大丈夫。活字は紙で読むのが好きなんだ。画面だと……酔ってしまって」 嶋屋は俺のスマホを少し苦手そうに見つめる。さすがにスマホを持ってないわけではないだろうに、嶋屋がスマホを触っているところを見たことはほとんどなかった。 人が増え、色んな声で溢れ始める教室の中。 俺はいつも嶋屋の後ろから、奴が好む本を読んでいる姿ばかり見てる。 「ふうん。ま、そういう人間もいるだろうな」 「そうだね」 「……嶋屋って、スマホ持ってる?」 「持ってるよ」 「あ、そ。だよなぁ、さすがに?」 「さすがに」 ふふ、と笑う嶋屋の表情が見えると、俺は思わず視線を反らした。 ーー嶋屋春哉は別に陰キャでなければ、ガリ勉タイプでもない。俺が知る限り仲の良い友達はいるし、部活も委員会も普通に参加してる。テストは大体平均より上を取る。でも上位すぎないところが鼻につかなくていい。 大体普通の男子高校生。だけどいつも、活字を読んでる。 「なんかさ、好きな作家でもいるのか?本を集めてるとかさ」 「まあ、何人か好きなのはあるけど…。僕はストーリー重視だから、興味なさそうな話は好きな作家のでも読まない」 「へー。そういうもん?」 「僕はね」 「俺はーーって、本は漫画しか読まないから、よくわかんねーや」 「本じゃなくて、サブスクでね?」 嶋屋は早速覚えた単語を試すかのように俺を見ながらそう聞いてきた。 ーー割りと整った顔がこちらを向く。 俺は「おい」と軽く机を叩いた。 「揚げ足とんなよ」 「はは。僕は…本読むのは好きだけど、こんなことわざわざ聞かれたの初めてだったから」 「わざわざ聞いて悪かったな。読書タイム無駄にしたか?」 「別にいいよ」 「ーー気になんだよ。後ろの席だから。よく見えんの。お前がテンプレ優等生みたいなことしてるのが」 「僕は優等生じゃないよ」 「知ってる。見えるもん、お前のテスト結果も」 「ーーうそ、マジ?」 「マジ」 俺が即答すると、さすがの嶋屋も面食らった顔をした。そのあとすぐ恥ずかしそうに片手を口元に持っていく。 「……後ろの席、最強かよ」 「かもな」 「つかさ、そんな色々見えてたんならもっと早く言ってくれない?」 「読書の邪魔されたくないのかと思って。なかなか話かけられなかったデス」 「中途半端な敬語しないでよ」 どんなキャラだよ、と嶋屋は笑う。 机の上には先ほどまで読んでいた本がある。 俺は再びその本に目線を戻した。 「ーーで?その本、どれくらい面白い?」 「これ?これは、まあ…ミステリー好きならそこそこ」 「ふうん」 「あ、良かったら読み終わったら貸そ……」 「あーー、いい。サブスクっから」 俺が嶋屋の台詞をそう遮ると、嶋屋は呆れ顔でその本を差し出してきた。 「なに?」 「ネットで見るにしても、タイトルはいるでしょ」 「はは。だなぁ」 俺はスマホ片手に嶋屋の本を受け取り、検索を始めた。前から嶋屋の視線を感じる。 少し緊張しながら指を動かすと、すぐにタイトルがヒットした。 「あった」 「マジ?ーー便利な世の中だ」 「口コミ4.6……おぉ。すげぇ」 「ーーどれ?」 スマホを覗きこんでいた俺の頭上から声がして目線を上げたら、嶋屋の顔と目があった。 ドキ。 一瞬怯んだ俺とは対照的に、嶋屋は眉を歪ませながら言った。 「なあ、ネタバレ見るなよ。楽しさ半減する」 「……あ、あぁ。そうだな」 「読んだら感想聞かせてよ。語りたい」 な?、と。嶋屋は屈託なく微笑んだ。 「わかった。たまには活字も読んでみるわ」 「うん。ーーあ、そのすぐなくしそうなイヤホンは付けずに読めよ。内容入ってこないから」 「おい、やめろ。ワイヤレスイヤホン(これ)、高いんだよ」 「はは」 そのとき、チャイムが鳴った。いつの間にか教室内はクラスメイトで溢れている。 すぐに担任が入ってくると、皆が席につき始めた。もちろん、前の席の嶋屋春哉も。 「おい、早く授業に関係ないものはしまえよー」 担任がそういうと、俺も含め大体の生徒がスマホをしまった。 嶋屋はあのミステリー本を机の横にかけてある鞄にしまった。 ーーしまいながら、嶋屋はこそっと後ろを振り向いた。嶋屋の動きを目で追っていた俺は一瞬ビビる。 「ーー水沢」 ドキ。 「なに?」 名前を呼ばれ、更にビビる。 嶋屋はなにか考えるような表情をしたあと、すぐに首を横に振る。 「ーーいや」 「前向けよ。授業始まるぞ」 ほらほら、と俺が指で前を指すと、嶋屋はどことなく悔しそうな顔をした。 だが、すぐに前を向いて姿勢を整える。 俺はそんな嶋屋の背中を見つめながら、ポケットに入れたスマホに触れた。 勇気を出して話しかけた俺のスマホの中には、運命の一冊(しまやはるやとのつながり)が入っている。 end.
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