特別編【匠深&美望莉】

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今日がお仕事お休みの日でよかった。 玄関にぺたりと座り込んだまま、頭の中でぐるぐると思考を巡らせた。 Xなんて、やっていたんだ。 わたしはSNSというものがどうも苦手で、そういった類のものは一切見ない。 LINEで望深と必要最低限の連絡事項をやり取りするくらいだ。 エプロンのポケットからスマホを取り出す。 これで検索してみれば、匠深が北海道に拠点を移すとか言っている情報を見ることができるのか。 しばらくじっと画面を見つめて、はぁ、と溜息。 そんなの見る勇気、わたしにあるはずもない。 のそりと立ち上がり、リビングに戻ってきて珈琲を淹れた。 ブラックで飲めるようになったきっかけは、そういえば匠深の影響だったなと思い出す。 ブラックコーヒーと煙草が代名詞のような人だった。 付き合い始めて喫煙者だと知り、煙草は好きじゃないと伝えたら、徐々に、そしていつの間にか彼から煙草の匂いが消えていたっけ。 コーヒーカップを手に持ち、壁に貼られた彼の写真を一枚一枚、じっくりと眺めていく。 匠深のいない間、何度この写真たちに癒され、力をもらっていたか。 もう幾度となく見つめて来たから、目を閉じてもその一枚一枚の風景は鮮やかに脳裏に蘇る。 金銭面でも望深と二人、これまでなんの心配もなく支えてくれて、本来であればこちらが感謝するべきところなのだ。 素直になれ、わたし。 匠深のことずっと、今でもどうしようもなく好きなんだから。 好きで好きで仕方ないから、泣いて、苦しんで、もがいて拗らせてきたのだから。
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