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エピソード⑪
「死者、アッサファル。貴方の魂が善か悪か? マアトの羽根と貴方の心臓を秤にかけます。よろしいですね?」
気持ちを切り替えたのか? 思考を放棄したのか? 今まで以上に事務的な態度で、トートが死者に問う。アッサファルは苦笑しながら口を開いた。
「無理」
「は……?」
思わずトートが尋ね返せば、アッサファルは聞いてもいないのに話を勝手続ける。その内容は、中身がないものだった。
「無理無理無理! ないないない! こえぇし? 天国だよね? 天国じゃなかったらさ、マジないんだけど!」
「それは汝が決める事ではない。黙っておれ」
アヌビスが少し苛立ちながら天秤を動かす。その結果は当然……。
「失格である。アメミット」
「はぁ? 無理! 消えるとか嫌なんですけど? つーかさ、俺尽力したよ? 悪い事してねぇのに、なんなんだよ! ふっざけんな、この馬鹿犬頭が!」
アッサファルがアヌビスを罵倒し始めた事に、冥界の神々はため息を吐き、あきれ果てる。
当のアヌビスに至っては、怒りを通り越して呆れていた。
そんな空気に気づくことなく、アッサファルは罵倒を続ける。だが、こういう事態に備えていたアヌビスは、いつの間にか耳栓をしており、聞き取らないままアメミットに手で合図を送る。
アメミットが動いた事に気づいたアッサファルが、叫び出し逃げようとするのをトートが魔法で封じる。
逃げ場を失った死者アッサファルは最期に一言告げる。
「アヌビスなんて滅べクソが!!」
アメミットはそんな彼を容赦なく飲み込み、アッサファルの魂は消滅した。
それを確認してから、アヌビスは耳栓を外し……ぼやく。
「善も何も、汝は助けを求めし者を救わず、見捨てたであろうに……」
死者アッサファルの罪。
それは、中途半端に施しを行い、手に余ると判断してその者を見捨てた事である。
救えないのなら、最初から手を差し伸べるべきではない。
一度差し伸べたのなら、最後まで救い抜くべきである。
それが、本当の助けであり、善であり、正義である。
中途半端になるのなら、それは己の自己満足でしかない。
それもまた、人の業。
まごうことなき、傲慢の大罪である。
もっとも、生前にその事に気づいて他の者と協力なり、何かしら出来る事はあったはずであり……それをしなかった彼は、所詮ただの偽善であろう。
――ミイラづくりと審判が主な役目であるアヌビスに、その判断を確定させる事は出来ないが。
出来るのは、マアト神であろう。
彼女の領域にまで立ち入る権利はないと自分を抑え、自省したアヌビスは、次なる審判へと移行するのであった。
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