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エピソード⑨
アヌビスは、アスフール、ウグニヤ、ナバアとの騒動を受けて、次にこのような死者が出てこないようにするためにも、分析をする事にした。
彼女達に共通するのは、自分は悪くないという根拠のない慢心だ。
何故、彼女達はそういう思考に至ったのか?
考えてみたものの、神として生まれ落ちたアヌビスには理解が及ばなかった。そも、神が人間の心を知ろうとするのもおかしな話なのだが。
一息吐いて、アヌビスは思考を切り替えて次の審判へ移行する事にした。
****
「死者、ファアル。貴方の魂が善か悪か? マアトの羽根と貴方の心臓を秤にかけます。よろしいですね?」
トートがファアルに尋ねると、ファアルは……まだ審判が始まってもいないのに文句を言い始めた。今までにないパターンである。予想外すぎて、アヌビスが驚いているとファアルは良い歳だと言うのに、幼子のように口を尖らせる。
「あのさぁ、おれ当然に天国行きでしょ? 審判なんていらなくない?」
「人の身が、審判に口出しする権利などない。大人しく待つが良い」
アヌビスがなるべく諭すようにファアルに告げるが、彼は引き下がらない。横暴な態度で再度口を開き、アヌビスに反論する。
「あのさぁ? 神だから何? おれ、けっこう地位高いし? めちゃくちゃ有能なんですけど? これで天国いけないとかなくない?」
煽るような口ぶりに、比較的冷静なアヌビスの心にイライラが芽生えるのを感じた。
だが、冥界の主人として私情を出すわけにはいかない。
つとめて冷静に、アヌビスはファアルに説明をする事にした。
「良いか? 天国か地獄かを決めるのは、汝ではない。立場をわきまえよ。ここにいるは、神アヌビスであるぞ」
「ていうかさ、冥界の神様? だから何なの? そんなに偉いんですか~? ラー連れて来いよ」
あろうことか死者ファアルは、最高神ラーを呼び捨てにし……アヌビスを侮辱した。これには、流石の冥界の神々も怒りが募る。
だが、ファアルの戯言は止まらない。
「そもそも? おれ街一つ任されてたんだよ? ファラオから評価受けてたって事はさぁ、ラーに評価されたのと同じじゃん? お前ら不敬じゃね?」
この言葉を聞いたアヌビスは、我慢できず何も言わずに天秤を動かした。
当然の如く――地獄行きである。
「汝は失格である。アメミットに食われ、消えろ」
ファアルが目を見開いて、反論しようとしたのとアメミットが丸飲みにしたのは同時だった。
黙っていたアメミットも、腹が立っていたのである。
こうして、死者ファアルは念入りに消滅させられたのだった。
流石に、連続で騒動が起きた事に心労が限界にき始めたアヌビスは……少しだけ休憩を挟む事にした。
だが、冥界での死者のモラハラ騒動は、まだ終わらないのである――。
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