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花弁が青く中心は黄色い勿忘草に似た、変わった色の目を持って生まれたこと。それを特別視させる謎めいた言葉が、村の井戸に刻まれていたこと。それら二つの偶然が、私を天使にしてしまった。
切り石積みの古井戸は、こう告げている――「勿忘草の天使」が、「踊り場」と「階」を繋ぎ直すだろう。
踊り場はこの村の名だ。巨大な岩の階段のような山頂部、階のすぐ下にあるから、そんな名前なのだそうだ。ランダルの祖父にあたる、歴史好きの長老がよく話してくれる。
昔、階と踊り場は一つの集落だったらしい。しかし麓で大規模な領地争いが起きたとき、民は断崖に守られた山の頂を一層堅固な砦に作り替え、全員で階に立てこもった。侵略者は踊り場まで迫ったが、階の攻め難さと見込まれる利益との不均衡に気づき、引き返したという。
そして戦火が収まると、階は万一に備えて守りを続けたい者と、限りある壁の中の生活から解放されたい者とで二つに割れた。結果、外を選んだ者達が踊り場に移り、今の村の形を成した。
そのときから、階と踊り場の間は透明な壁で隔てられ、山頂部は今なお禁足地となっている。
調べを尽くした長老を含め、村の誰も、井戸の彫刻の真意は知らない。目の色を例えれば、確かに私は勿忘草だろうが、天の使いと付け加える根拠はない。それでいて皆が皆、子供のお使いを見守るような優しさと好奇心を露わに、私に奇跡を期待している。
特別である自負がないのに、特別扱いされるのは辛い。
蟠りを察してくれたのは、両親とランダルだけだ。彼は幼い頃、こう騒いで、お婆さんに本名で呼びつけられ、拳骨を食らった――ミオは天使じゃない、何も特別なことできないんだから――その純粋な否定が嬉しくて、私は彼の名を憶え、友達になった。天使と呼ばれれば、やめてと素直に言える仲に。
しかしまさかその裏を返して、彼が私の変化に気づくとは。
「……橋を新しく架け替えるでしょ。何だか不安で。もうあんな事故はごめんだもの」
「そのことか。大丈夫だよ、うちの村は木工でもってるんだ。材料も技術も売るほどある。前のより頑丈に作って、定期点検すれば安心だ」
「皆の腕は信頼してるわ。でも……。私が本当に天使だったら、もっと安全な橋を架けられたかな」
ランダルは今度こそ「らしくない」と声に出し、笑った。両親の肖像の横からずんぐりした人形を取って、私をあやすように揺する。
「勿忘草の天使は、橋職人じゃないだろ。現実的に、作って売って貢献しようぜ。この人形とか、面白いから売れそうだよな。量産するか」
勿忘草を持つ少女の描かれた人形が、カタカタと音を立てた。両親の遺作となった、入れ子人形。大きな一体に見えるが、人形の中にまた人形と、四体が内側に収まっている。全部で五体、勿忘草の花弁の数だと、考案者の父から聞いた。
そう、話に聞いただけだ。私はこの人形がどうも苦手で、実は開けてみたことがない。
両親は、新製品ができると一作目を必ず私にくれた。この入れ子人形も。ただし、初めての条件付きで。
――ミオ、これは君から着想を得て作ったんだ。君自身のように、愛してほしいな。
――それができるようになったらでいいわ、この子をあなたのものにするのは。
おそらく製作段階の頃から、人形に近づかない私に気づいていたのだろう。
両親の作品は全部愛しいのに、入れ子人形は、と言うより人形を開けるのが怖い。どれが本当のこの子なのか、ほかの子は何者なのか。答えの出ない疑問が、渦を巻く。
そんな人形を、量産?
返答に窮していると、ランダルは人形をそっと置き直した。
「まあ、また何か案出せよ。俺は工房に行くけど、おまえ、今日は休みだろ。広場に行商隊が来てるから見て来いよ。刺激になって、創作意欲が湧くかも」
水を呷って出て行きかけ、玄関で振り返る。彼に同じことを言わせまいと、私は食卓で匙を取った。
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