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「沙帆、さっきからニヤけすぎでね?」
運転席から届いた親友のひやかしに、沙帆の心臓は大きく跳ねた。
「なんもなんも普通だごど」
「いーんや、さっきからずーっとニヤげでら」
「んだごど──」
「まあ、無理もねぇか。ノボルが帰ってくんの、半年ぶりだっけなぁ」
ゆるやかに車を走らせながら、親友──さつきはまたもや的確な言葉をぶつけてくる。
沙帆は、不満げにサイドミラーに目を向けた。そんなにも、自分はニヤけていただろうか。たしかに「好きな人」と再会できるのは、喜ばしいことではあるのだけれど。
「にしても、ノボルはなして東京さ残ったんだべ。さっちも塚ちゃんも、大学卒業したらこっちさ戻って来たのに」
疑問というよりは愚痴めいたさつきのボヤきに、沙帆は「あっちで就職したからだべ」ともっともらしく返す。
「そうゆう話じゃねぐで……就職、こっちじゃダメだったんだべかってこど」
「そりゃ……東京でしかでぎねぇことがあんだべ」
「んだば、その『東京でしかでぎねぇごど』って?」
「それは……」
沙帆に、答えられるはずがない。だって、ノボルにとっての自分は、所詮ただの「元クラスメイト」だ。就職に関する詳しい事情など、聞かされているはずもない。
そんな沙帆の心情を汲み取ってか、親友は「つーかやぁ」と深々とため息をついた。
「今更だけど、さすがに長過ぎだべ。沙帆の初恋」
「うるせぇ、よけいなお世話だじゃ」
「けど好きんなったの、中2んときだべ? ってことは、7……8……」
「9年」
「ほら! やっぱり長過ぎだごど!」
そんなことを言われても、沙帆としては「仕方ねぇべ」としか返せない。
だって、この9年間、ノボル以上に好きになれる人が現れなかった。同じ学校に通った中学・高校時代はもちろん、離ればなれになった大学時代も、社会に出て交友関係が広がった今でさえも、誰も沙帆の心を揺らしてくれなかったのだ。
「それに、原因ならノボルにもあるごど」
「……ん? なして?」
「だって、ノボル……ぜんぜん変わんねぇもん」
「あ――」
「ふつうはや、4年も東京さいれば、なにかしら変わんべ? なのに、ノボルはなーんも変わんねぇ。方言もなおんねぇし、ちーっともかっこよくなんねぇ」
「んだ、たしかにノボルさ、いつまでも田舎モン丸出しだわ」
「だっけや、うちも思うわけさ」
もしも、ノボルが都会の波に揉まれて、すっかり「東京モン」になる日が訪れたら──そのときこそ、沙帆はこの長い初恋にさよならできるのではないか、と。
「つまり、ノボルがカッコよくなったら『へばな、初恋』ってわけだ」
「いやいや……無理だべ、沙帆から『へばな』は」
「んなこどねぇ! ノボルがイメチェンしたら、すっぱりあきらめる!」
沙帆が力強く宣言したところで、ようやく駅前のロータリーが見えてきた。
メッセージアプリには、すでにノボルから「西口に着いた」とのメッセージが届いている。彼を拾ったあとは、そのまま居酒屋に向かうことになっていた。今日は、高校時代のクラスメイト十数人で、飲み会が開かれるのだ。
「お〜、いだいだ!」
さつきが合図を送ると、ノボルもまた大きく手を振ってきた。
人懐っこい笑顔に、早くも心臓は素直な反応を示す。中学時代から変わらない──彼の好ましい姿を目にしただけで、沙帆の身体は無駄に心拍数がはねあがるのだ。
「そんじゃ、沙帆。あとは任せたっけ」
軽自動車が、ノボルの前に横付けされる。
沙帆は、助手席の窓をあけると、逸る気持ちを誤魔化すように口元にグッと力をこめた。
「久しぶり。荷物は? そんだけ?」
「お〜」
「んだば、後ろさ乗って」
後部座席を示すと、ノボルは「了解〜」とドアハンドルに手をかける。
そのとき、ほんの一瞬、沙帆は「ん?」と違和感を覚えたのだ。うまく言葉にできないけれど、なんとなく──なにかが違うような?
その正体がわかったのは、彼がさつきと挨拶をかわしたときだ。ミラー越しに「久しぶり」と声をかけたさつきに、ノボルはにぱっと人好きする笑顔を向けてきた。
「久しぶり! 迎えに来てくれてありがとな!」
ごくありふれた、なんてことはない挨拶。それなのに、沙帆とさつきはすぐさま顔を見合わせてしまった。
(ノボル──言葉遣い変わってる?)
彼のそれは、いわゆる「標準語」というものではないだろうか。
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