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《目を覚まさない》
小学三年生の葉名はよく学校帰りにお地蔵様にお参りをする。ふっくらとしたお地蔵様は”ふっくら地蔵”と呼ばれ、市民から愛されている存在だ。
葉名は手を合わせ、願い事をする。お母さんが目を覚ましてくれるようにと。
「葉名~? 準備できたか?」
「うん! おとうさん、準備できたよ!」
父である甲斐田 大夢は自室へと籠っていた葉名へ声を掛けた。準備というのは母である高榎の見舞いらしい。
千羽鶴を持って車に乗り込み、高榎の待つ病院へと向かった。だが葉名はまだ幼いので病室には入れない。
父親の大夢を外で待ちながらジュースを読んだり読書をしたり、千羽鶴を折ったりするのだ。
高榎は事故に遭ってから目を覚まさなくなってしまった。医師からはもう目覚めても良い頃だと言われているが意識不明らしい。
葉名にはわからないことだらけだが自分の母親に死が迫っているかもしれない恐怖に駆られていた。
だから最近になり、ふっくら地蔵にお祈りをしている。
自分のお母さんが良くなりますように。目を覚ましますようにと。
今日は大夢から「お医者さんの見解があるから遅くなる」そう告げられていた。見解という言葉がわからなくてなんだと聞いたら「見立てって意味だよ」そう言われてさらに困惑してしまった。
「お父さんもわかんないこと言うなぁ~。けんかいってなんなんだろう?」
外でお稲荷さんを食べながら葉名は読書をしていた。
この地方で伝わるふっくら地蔵の絵本だ。ふっくら地蔵はなぜか京都弁という言葉を使い、狐を携えて人々の願いを叶えているらしい。
高榎が事故に遭ってからずっと読んでいる絵本だ。父親の大夢もよく読んでくれる。
「おかーさん。目を覚まさないかな……」
このまま母親が、高榎が亡くなってしまったらどうしよう。一生目を覚まさなかったらどうしよう。
不安を募らせて塞ぎ込んでいる葉名に……赤いハンカチが差し出された。
「お嬢さん、そんなか愛らしい顔しているのに泣いたら、お母さん、心配するんよ」
妙な言葉遣いをする女性の目を向けると、ふくよかな着物を着た女性が居た。上品なその姿に葉名は見惚れてしまう。
女性が肩を揺らした。
「さて、お嬢さん。私の狐に乗ってあんたの母さん、助けたくはないんか?」
「お母さんを、助けられるの?」
「えぇ。そのお稲荷さんをちょっとお貸ししてみ?」
最後に残ったお稲荷さんは惜しいものであるが着物の女性に渡せば……なんとお稲荷さんは狐に変貌したのだ。
目を見張る葉名に女性はゆっくり微笑んだ。
「私は地蔵。この狐さんはごんべえとでも名付けましょう。私の使い魔やからね」
「地蔵さんに、ごんべえさん?」
「えぇ。――さぁ行きましょか。嬢ちゃんの母さんを助けに」
気品ある地蔵に連れられて葉名はごんべえの背中に乗り、――病院を飛び立った。
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