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3 アデルの苦しい胸の内
アントンが帰った後、アデルは手早く母親に夕食の薄いスープを用意し、近くの食堂へ給仕のアルバイトに出かける。
満足な給金が貰えるわけでは無かったが、余ったパンやチーズを分けて貰えること、母親の具合が悪くなった時にすぐに自宅に帰れることを考慮してアルバイトを決めた。
アルバイトの時間は、7時〜14時と18時から21時。もっと働きたいと思うのだが、なかなか職は見つからない。
幼い頃に亡くなったアデルの父親は画家だった。
父の手ほどきを受けて、絵を描くようになったアデルの才能は伸びていったが、それで生計が成り立つ程ではなかった。
アデルが十六歳の時に母親が胸の病で倒れ、以来、母の幼馴染で父のパトロンであったアントンが、母とアデルの面倒をみてくれていた。
そのアントンも寄る年波と不景気の波を受け、持っていた事業を手放した。
これまで大恩あるアントンに報いたい、とアデルは強く思った。
しかし、持っていたドレス、調度類はすべて質に入れて、母の薬代へ消えていた。
アルバイト先からは給金の前払いを何度か受けており、これ以上の前払いを頼む訳にはいかない。
得意の絵を活かして、カフェのメニュー表などを挿絵を入れて描いたりもしていたが、生活できる程でもない。
お金を作るため、自分にできることはなんなのだろう。
考えても考えても分からずに、アデルは空き時間に、子どもの頃から通っている近くの小さな教会を訪れた。
教会の天使像を見ると心が安らぐ。
ヒビや色のはげてきた彫像を見ると、いつか修復してあげたいという気持ちになったが、プロでもない自分にそんなだいそれた仕事はできない。
それでも、幼い頃から憧れ続けてきた天使像を毎日のように眺め、いつしか日々の生活の苦しさなどを少しだけ、心の中で話しかけるようになった。
誰にも話せない、苦しい胸の内。
天使像はいつも美しい顔で、聞いてくれる。
アデルは頼まれていたカフェのメニュー表書きの仕事を済ませてしまおうと置いてある机に向かおうとして気づいた。
金髪巻き毛の少年がいて、アトリエをもの珍しそうに眺めている。
突然入りこんできた子どもに、アデルは息が止まる程に驚いた。
「!!!!!」
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