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5 イタズラされた天使像
翌日返すと言っていた画材は、その日アデルがバイトに出かける前に、アトリエの扉の前に返されていた。
アルンは不思議な少年だった。
でも、朗らかで可愛らしく、憎めない感じがした。
この辺のお子さんかしら。
お家に天使像があると言っていたから、良いところのお坊っちゃまなのかも知れないわね。
何れにしても、アントンとの悲しいやり取りのあとの気分転換にはなった。
たった15分くらいの事だったのに。
焦りと悲しみは吹き飛んでいた。
アルンの描いた、おじさん天使を見ると思わず笑みが溢れた。
楽しい気分のまま、バイトに出かけるために出かけたアデルは、いつもの教会に寄ろうとし、人だかりが出来ていることに気づいた。
どうしたと言うのだろう。
普段は人っ子一人いない教会なのに。
人々は天使像を見上げ、絶句し、その後に笑い始めている。
「ハッハッハッ! 誰だ! 崩れた天使像にこんなイタズラを仕掛けたのは。まったくけしからん修復だ! けしからんが、どうしたことか見るたびに笑いが止まらないぞ」
「アハハ! なんなのよ! この顔! この修復! 美しい天使像が! 悔しくて悲しいのに、笑ってしまうのよ」
アデルは文句を言いながら笑っている人々をかき分けて、天使像の前まで行った。
最前列まで行き、天使像を見上げる。
思わず両手で口を塞いだ。
美しい天使像は、全体が白く塗られ、見開いた目玉がグリグリと描き加えられていた。
伍長ヒゲにゲジマユ、それから真っ赤なタラコ唇。
修復失敗としか言えないユーモラスな天使像に人々は、怒りながらも笑っている。
アルンのスケッチブックに描かれたおじさん天使にそっくりだった。
理由が分からないまま、家に戻った。
バイト先には頭痛のために休むと伝えた。
どうしてこんな大事になってしまったのだろう。
あの小さなアルンが、教会の天使像を塗り替えられるわけがない。
震える手でスケッチブックを開いてアルンの描いたおじさん天使を開く。
ユーモラスなおじさん天使は、教会で見たユーモラスに修復された天使像とそっくりだった。
念のため、と確認に戻ったアデルはへなへなと力が抜けて、床にへたり込んだ。
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